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「おいおい、キッチンの換気扇が全然回ってないじゃないか。後で修理せな、あかんぞ」
くるりと振り返ったのは赤木だった。
「赤木さん、勝手に部屋に入って。不法侵入ですよ」
「鍵は郵便口か、鉢植えの下って相場が決まっている。不用心だぞ」
「にしたって、連絡くらいしてくださいよ」
赤木はフライパンに油を注いでいた。
「もし、俺じゃなくて、おまえ好みの美人だったら、文句も出ねえか?」
「そういう問題じゃないですよ」
俺はテーブル席に着くなり、美味しそうな匂いに腹がぐうっと鳴った。
「辻、最近顔色が悪いから、ちゃんと飯食ってないだろう。腹が減ってはなんとやらというだろう。俺が若い頃は自炊するのが当たり前だったからな」
「赤木さん、俺、依頼人が気になり出しました。依頼人に対して特別な感情を持ってはいけないとわかっています。でも、自分の気持ちに嘘はつけないんです」
赤木は俺の頭を撫でた。
「ようやく、おまえさんも人間らしい感情を取り戻したか...。ああ、でも、彼女、婚約しているらしいぞ」
「知ってます。でも、あくまでも婚約ですから、反故になる可能性もあります」
「相手は画廊や絵画教室などを手広くやっているやつだぞ。いわゆるサラブレッドだ。勝てるか?」
「ならば、こっちは正義の味方です」
「よく言った。それでこそ、俺の見込んだ男だ。さあ、食べろ。エプロン姿は似合わないけど、腕前は折り紙付きだ」
食卓に並べられた料理の数々は、俺を安心させた。今まで外食がほとんどだったので、俺は食欲に忠実になった。
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