2024年5月25日

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 一度だけ、宮子さんに味噌汁の作り方を教わった。自分で試してみたが、宮子さんのようにはならなかった。  宮子さんは冷蔵庫の中にある材料で手早く調理をした。  テーブルには鮭の塩焼き、海老チリが並べられた。  不思議なことに食卓には三人分が配膳された。 「あの、宮子さん、一人多いような...」 「あら、そんなこと言ったら、亜美ちゃんがかわいそうじゃない。だって、今日は亜美ちゃんの誕生日でもあるんだから」  宮子さんは豆腐の鉢をテーブルに置くと、椅子に座り、いただきますと言った。 「あの、亜美のこと、知っていたんですか?」 「もちろんよ。ご主人もよく、妹さんの話をしてくれましたから。だって、亜美ちゃんの息遣いがするもの。だからね、こうやって誕生日になると、夕飯をひとつ増やしているの。亜美ちゃん、今夜はお姉さんもいっしょよ」  宮子さんは天井に向かって言った。  わたしは隣の椅子を見た。いる!亜美は存在していた。 「お姉ちゃん、仕事、頑張り過ぎないで。お姉ちゃんは部活動をやってこなかったから、体力面で心配だな」  わたしは隣の亜美に微笑む。 「何言ってるの?わたしは最寄りの駅まで片道十五分以上を歩いているんだからね」  わたしと妹の会話に、宮子さんは涙を流した。 「実はご主人には見せないようにと釘を刺されているんですけれど...。ちょっとだけですよ」  夕食の後に、わたしは父親がどのような絵画作品に取り掛かっていたのか、興味が湧いた。  それは好奇心というよりも、父親の深層心理に触れたいという気持ちからだった。
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