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「透子さん……」
忍の声は震えていた。
「透子さん、聞いて」
嗚咽を漏らしながら、顔を上げる。すると忍が透子に視線を合わせて両肩を掴んだ。真っ直ぐこちらを見ていた。
「僕は、きみに出会えたことに、心から感謝してる。きみに出会えなければ、僕はいつまで経っても弱い人間のままだったと思うんだ」
彼は優しい口調で話を続ける。
「嫌なことやできそうもないことから逃げて、立ち向かおうとはしなかった。ましてや、命を懸けて人を救うなんて、絶対に考えられなかった。でも、透子さんに教えられた。『私たちがやらなければ、苦しんでいる人は救えない。怖くても、私たちがやらなければ』って。人のために命を懸ける。それが今、僕の信念になった。一人じゃできない。きみが、透子さんがいるから、僕は命懸けで人を救うことができる」
そう言ったあと、忍は透子の左頬を強くつねった。
「恐怖心に負けちゃダメだ。そうだろ? 透子さんが僕に教えてくれたじゃん」
ゆっくりと彼が手を離すと、左の頬にはジンジンとした痛みが残った。自然と、涙は止まっている。不思議だった。こんなおまじないが、知らず知らずのうちに心を強くしていたなんて。
母がいつも父に対して行っていた頬つねり。それは今も、こうして受け継がれている。
「……女の子に、やる強さじゃないよ、今の」
「え、ごめん、痛かった?」
「めちゃくちゃ、痛かった」
今度は忍の左頬を強くつねる。
「痛っ、痛いって」
「ふふっ。ありがとう。もう大丈夫。忍くんのおかげで、私は強くなった。行こう。柚葉ちゃんを、救おう」
恐怖心は消えた。震えも止まった。涙も拭った。両脚でしっかりと立ち上がれた。大丈夫。私には、彼がいる。
左手を伸ばすと、忍の優しい右手がそれを掴んだ。
戦いは始まったばかり。負けるわけにはいかない。私たちがやらなければ、誰がやるんだ。
二人は、走り出した。みんなを救うために。何度だって立ち上がる。何度だって立ち向かう。自分たちにしかできないのだから。
風が、背中を押してくれたような気がした。
(了)
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