透子の目

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「他の人? 他の人って?」  理解ができない。いや、脳が理解しようとしていることを、強制的に恐怖心が拒絶していたのかもしれない。 「……間方栞さん。そして、天音エルさん。二人とも、セカイにいたヤヌシが、持っていた。同じクマのぬいぐるみを」  背筋が凍り、呼吸が浅くなった。肌は粟立ち、喉元がぎゅうっと締めつけられる。指先が妙に冷たかった。それは季節のせいではない。恐怖から来るもの。 「……全部、六道絢瀬の思惑通りだったんだ。奴が、僕らを導いた。次に誰のセカイへセンニュウするか、あいつが決めていたんだ。ヤヌシが子どもな人を選んで。その子どもにクマのぬいぐるみを持たせるために。たまたま、間方さんが、たまたま、天音エルさんが、選ばれた。それに従って、僕たちはセカイセンニュウしたんだ。六道は、死に際に叫んでいた。『輪廻のようにいつまでも続く』って。倒しても倒しても、次から次へと種ができて、それが成長する。何度倒しても、キリがない……」  絶望。ここに、未来はない。  目の前が真っ暗になった。自分たちがやっていることの意味。何度助けても、同じように復活する怪者たち。もうどうすれば……。  歩道で立ち止まり、身動きが取れずにいた。二人は声を出すこともできず、その場に立ち続けるだけ。  そんなとき、透子の携帯電話に着信があった。 「……中山さんからだ」  嫌な予感がした。通話ボタンを押したくはない。それでも、押さなければいけないこの現状。スマホを耳に当てる。 「もしもし? 早瀬さん? お願い! 今すぐ来て! 柚葉が、柚葉が……」  中山さんは気が動転しているのか、落ち着きのない様子で話していた。なにがあったのか、すぐに理解ができる。再び、怪者に侵されたのだ。声を奪い、意思を奪う、あの卑劣な怪者に。 「……お願い、助けて」  涙ながらに懇願する彼女からの声。 「……わかりました」と応えて電話を切ったのだが、果たして一体なにがわかったというのか。  涙が溢れてきた。助けを求めている人に、なにをしてやればいいのか。自分でもわからなくなっていた。無力だ。本当に無力。両手で顔を覆う。その指の間から涙が漏れてくる。  今まで自分たちがやってきた行為。怪者に侵されて苦しんでいる人たちを必死になって救ってきた。それは自分たちに課せられた使命だと思っていた。  時間を犠牲にし、友人を犠牲にして、恋人を犠牲にした。すべては怪者を死滅させるため。なにに替えても、みんなを救うために尽力したつもりだ。  それがここへ来て、まったくの無意味だったと烙印を押されたような気がした。  怪者には、もう勝てない——。  立っていることなどできず、その場にしゃがみ込んでしまった。奥歯がガタガタと震え、絶望に全身が覆いつくされる。怖い。怖くて仕方がない。
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