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私の目
夢を見ているのかと思った。
部屋の中にあるベッドには、私が眠っている。目をつぶり、小さく寝息を立てているようだった。
ベッドのそばには二人の男女がいた。私のことを心配しているのか、とても悲しそうな表情を浮かべている。
一人は制服を着た男子高校生だろうか。ブレザー姿の好青年に見える。もう一人は私服姿で、大学生のように思えた。髪を一つにまとめている。水色のリボンが可愛く見えた。
私は部屋の上の方から自分の姿を見下ろしていた。霊体だとか、幽体だとか、そんなものなのかもしれない。記憶が曖昧で、直前になにがあったのかを思い出せない。
都合の悪いことはすべて忘れればいい、それは誰の言葉だったか。
男子高校生は眠っている私の手を握りながら、唇を噛みしめていた。
そうか。私は死ぬのか。咄嗟にそんなことを思った。
このまま死ねば、私はあの世へと向かうことになるのだろうか。あの世はどんなところなのか。行ってみたくはないけれど、興味はあった。天国なのか、地獄なのか。私は後者のような気がした。決して犯してはいけない罪を犯しているのだから……。
彼は唐突に、自分の右頬を指でつまんだ。それを少し回転させて強くつねった。
「え、なにしてるの?」彼女が驚きながら訊いている。
「恐怖心が消えるおまじない」
ふーっと息を吐いた彼は、「透子さん……」と呟いて眠っている私を見る。
「絶対に見捨てない。見捨てるもんか。必ず、僕が救うから。待っていてください」
救う、という表現があまり理解できない。なにをもって救うのか。
私は彼に訊きたかった。床に降りて、どういう意味なのかを問いたかった。
でも浮いている私には、自分の霊体を操る術はない。強制的に浮かび続けているだけ。意思を持たない風船のように。
そのとき、彼が急に上を見た。浮いている私と目が合う。見えているとは思えなかったが、彼に見つめられるとなぜか安心した。
どうしたの? と彼女から声をかけられる。
「いや、なんでもない」
彼はそれだけを言うと再び視線をベッドへと戻した。
「三十分経っても僕が目を覚まさなければ、そのときは救急車を呼んで」
女性はなにも言わず、小さく頷いた。
そして彼は手を伸ばし、眠っている私の瞼を片手で少し開けた。なにをするのか、皆目見当もつかない。ただ、彼に触れられて、嫌な気はしなかった。彼にならすべてを任せてもいい、そんな思いすらあった。
「それじゃあ、いきます」
男子高校生は意を決したように声を出した。
「……早瀬透子の、セカイへ、センニュウする」
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