私の目

1/1
前へ
/138ページ
次へ

私の目

   夢を見ているのかと思った。  部屋の中にあるベッドには、私が眠っている。目をつぶり、小さく寝息を立てているようだった。  ベッドのそばには二人の男女がいた。私のことを心配しているのか、とても悲しそうな表情を浮かべている。  一人は制服を着た男子高校生だろうか。ブレザー姿の好青年に見える。もう一人は私服姿で、大学生のように思えた。髪を一つにまとめている。水色のリボンが可愛く見えた。  私は部屋の上の方から自分の姿を見下ろしていた。霊体だとか、幽体だとか、そんなものなのかもしれない。記憶が曖昧で、直前になにがあったのかを思い出せない。  都合の悪いことはすべて忘れればいい、それは誰の言葉だったか。  男子高校生は眠っている私の手を握りながら、唇を噛みしめていた。  そうか。私は死ぬのか。咄嗟にそんなことを思った。  このまま死ねば、私はあの世へと向かうことになるのだろうか。あの世はどんなところなのか。行ってみたくはないけれど、興味はあった。天国なのか、地獄なのか。私は後者のような気がした。決して犯してはいけない罪を犯しているのだから……。  彼は唐突に、自分の右頬を指でつまんだ。それを少し回転させて強くつねった。 「え、なにしてるの?」彼女が驚きながら訊いている。 「恐怖心が消えるおまじない」  ふーっと息を吐いた彼は、「透子さん……」と呟いて眠っている私を見る。 「絶対に見捨てない。見捨てるもんか。必ず、僕が救うから。待っていてください」  救う、という表現があまり理解できない。なにをもって救うのか。  私は彼に訊きたかった。床に降りて、どういう意味なのかを問いたかった。  でも浮いている私には、自分の霊体を操る(すべ)はない。強制的に浮かび続けているだけ。意思を持たない風船のように。  そのとき、彼が急に上を見た。浮いている私と目が合う。見えているとは思えなかったが、彼に見つめられるとなぜか安心した。  どうしたの? と彼女から声をかけられる。 「いや、なんでもない」  彼はそれだけを言うと再び視線をベッドへと戻した。 「三十分経っても僕が目を覚まさなければ、そのときは救急車を呼んで」  女性はなにも言わず、小さく頷いた。  そして彼は手を伸ばし、眠っている私の瞼を片手で少し開けた。なにをするのか、皆目見当もつかない。ただ、彼に触れられて、嫌な気はしなかった。彼にならすべてを任せてもいい、そんな思いすらあった。 「それじゃあ、いきます」  男子高校生は意を決したように声を出した。 「……早瀬透子の、セカイへ、センニュウする」  
/138ページ

最初のコメントを投稿しよう!

13人が本棚に入れています
本棚に追加