第四章 逃げた先には

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 健太の声だ。彼は私の二メートルくらい先に立っていた。後ずさりして、スマホのライトで彼を照らし注意深く観察する。  紺のスーツを着ていない。その代わりに真っ白な和服を着ている。右手には杖を持っていて、肩に頭蛇袋をかけていた。彼はゆっくり私に近づいてきて、こう言った。 「殺人鬼が家に入ってきたのを感じて、急いで戻ってきたんだ」  大丈夫かい? 彼は杖を地面に放り投げ、私を抱きしめた。 ——もしかして、この彼は。 「あなたは、私の世界にいた健太なのね?」  彼は返事をする代わりに、私の頭をそっと撫でた。健太の胸に顔をうずめる。でも以前のような温かさは、もう無かった。それでも私は、本物の健太に逢えて、涙が止まらなくなった。 何か伝えなければ……。そう思うけれど、声が出ない。私は何とか言葉を絞り出した。 「最期……」  健太は相変わらず頭を撫でてくれる。しばらくすると落ち着いてきて、少しずつ話せるようになった。 「最期だったのに、言葉が出なくてごめんなさい」 「……どうか、気に病まないでくれ」  逆の立場だったら、僕もそうなってしまったかもしれない、そう言って健太はギュッと私を抱きしめた。 「あのね、健太」  なんだい? そう言って健太は私の目を見た。変わらない、優しい眼差し。私の最愛の人。 「私、まず貴方に『ありがとう』って伝えたかったの」  それからね健太、私……。  私ね、貴方のことが、大好きなの。  貴方に出逢えて、貴方が私を愛してくれて本当に幸せだった。  これから先も、ずっと、貴方のことを想って生きていくの。  健太に伝え終わったとき、意識が途切れた。  
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