第三章 四十九日

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第三章 四十九日

 仏教でいうと、今日は四十九日だ。親戚一同集まり故人を偲ぶ日なのだが、無宗教で葬儀をお願いしたので、本当にすることがない。彼が好きだったビールを小さなコップに注ぎ、お気に入りのおつまみをいくつかお供えするくらいだった。  こうして何事もなく一日が過ぎていく。  やることがないので居間のソファに座り、独り考えに耽る。  あの日以降、恐ろしい出来事はなかった。でも今にして思えば、あの健太は、いったい何者だったのだろう。  あの彼岸花のサイトには、「健太に再会できる」とあったけれど、絶対にアレは健太じゃなかった。もちろん見た目は健太そのものなのだけれど、が違ったのだ。長年一緒にいた、妻の勘だ。健太は朗らかな人だった。しかしこの間現れた健太からは、一瞬だけれど得体の知れない禍々しさを感じたのだ。 ——彼はいったい何者なの……?   まさか幽霊? いや、そんなわけない、とすぐに打ち消した。そしてちょっと考えて、ある意味でかなり簡単な結論に達した。 「そうか、盲点だった……」  アレもまた、疲労困憊(ひろうこんぱい)の私が生み出した幻覚なのだ。ようやく葬儀を終わらせたあの晩、私はかなり衰弱していて洗面所で幻覚を見たし、普段なら一滴も飲まないお酒を飲んだ。私はきっと欲望のままの幻覚——生きている健太——を見てしまったのだ。  そう結論づけて、その日はもう考えるのを止めた。 △  その日の晩、健太を失った悲しみに耐えられずに何年か前のアルバムを見返していた。少しでも過去の自分たちから元気を貰おうと思ったからだ。でも、結局は逆効果だった。どの写真も昔の私と健太が馬鹿みたいに笑っていて、余計に虚しさを感じた。 「これ以上見ても、仕方ないよね……」  頬を一筋の涙が伝う。 ——今日は思い切り泣いてしまおう。  そう思ったとき、玄関の方からカチャリと音が聞こえた。  
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