プロローグ

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プロローグ

 大学病院の階段を夢中で駆け上がり、病室に飛び込んだ。 「奥さまですか?」  誰かが早口でそう言った。私は小さく頷くと、ベッドに横たわる夫の元へ駆け寄る。 「健太……?」  声をかけたけれど、返事がない。 心電図の数値が減っていく。薄紫色に染まった口の端には真っ赤な血が滲んでいる。 布団から出ている手足は、真っ白で冷たい。 震える手で額に触れると、ほのかに温かい。 まだ温かいのに、健太の目はその後二度と開くことはなかった。 「健太ぁぁぁ!!!」  私は、情けなくその場で泣き崩れた。 容赦なくこみ上げる感情のせいで、私は……。  私は、最愛の人に『最期の言葉』をかけることができなかった。
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