第25章 多分、いつの間にか気づいたら自然とそうなってた。

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第25章 多分、いつの間にか気づいたら自然とそうなってた。

石造りの階段をひたひたと降りて階下へと移動した。 ぐるりと回転するようにカーブした階段の壁には、ステンドグラスが施された明かり取りの窓が大きく備え付けられている。壁の分厚い重厚な館内で外の光を感じられる僅かで貴重なスポットだ。 だから棚の中から目当ての本を見つけたらそれを引き抜いて階段まで移動して、適当な位置に腰掛けてそこで思い思いに読書に耽っている人たちが何人かいる。 その人たちにぶつかったりうっかり服の裾など踏まないよう、慎重に足許に注意を払ってゆっくり一歩一歩足を運んだ。 二階にある蔵書は主に専門書や実用書、それから美術関係の大型本などだ。これまで見たこともない貴重な画集や写真集を夢中になって見入ってるうちに、アスハに置いていかれてはぐれた。 もっともここの図書館から彼がわたしを置いて出て行くはずはない。絶対にこの中、あるいはせいぜい外庭のどこかにいるはず。 館内のそこここにランプが灯されているので書棚から本を選び出す分には一応光源の問題はない。だけど長時間そこで本を読めるほどの明るさはないから、図書館の滞在者は皆少しでも多くの光を求めて窓のあるスペースへと本を抱えて移動していく。 しかし館内で明るい場所は限られていて、閲覧室の外の長椅子が置かれた庭に面した休憩ブースとか。建物入り口にあるガラス張りの天井の下のロビーとかがあるが、天気がいいと(そして暑すぎず寒すぎない気候の日だと)図書館から出て建物周りの庭園で本を読む人も結構いる。 大昔はこの近隣の人たちにとっての憩いの場だったんだろう。山あいにぽっかり存在してるちょっとした規模の町。そこの公共図書館を囲むエリアは、コンクリートと敷石で整地された公園となっている。 そこそこのサイズの町とはいえ場所は山の中腹だから、見渡せば周りは緑と自然がいっぱい。 だから木や草花をわざわざ足すよりも、きっちり人工的な空間を作ってそこで休めるようにした方がいい。という発想で造成されたらしく、固めた床がところどころぼろぼろになってあちこちから雑草がはみ出してはいるものの、今でもベンチや重厚な噴水の跡が残る現役の公園として機能してる。 これが例えばナチュラルな植生を生かした野趣あふれる英国的庭園だったら(さっき写真集から得た知識。付け焼き刃)、今頃はただばっさばさの雑草だらけ、薮に埋もれた廃墟となるところだったかも。 だけどこういうかっちり固められた整然としたデザインの空間だったおかげで、結果的に雨を防ぐには若干隙間だらけで不備のある東屋や特徴的な意匠を施したお洒落なベンチも、現代の皆に大いに重宝されて活用されているのだ。 図書館の本は貴重な過去からの遺産だから、勝手に持ち去って自分のものにする行為は許されない。 けど一方で、きちんとした貸し出しシステムはとっくの昔になくなってるので。敷地の範囲から持ち出さずにこの周辺で読み切るなら本は何日間一人で抱えててもいいし、建物の外の好きな場所で時間をかけて読みふけるのも全然ありだ。 アスハのことだから、天気が良ければそばに他の人間がいない広く間合いを取れる野外を居場所に選ぶんじゃないかと思った。 他人の心の声が聞こえてしまうわたしももちろんその傾向が強いが、誰の内心の声も聞こえないはずのアスハなのになるべく人との距離を置きたがることにかけては下手するとわたし以上だ。 子どもの頃に、周りの人たちに頭の中を覗かれてはずけずけといろいろ言われてきたことに由来する習性なのかもしれない。今ではガードも常時し続けてるし、当時も集落の人たちに悪意はなかったんだと大人の頭で理解はできるようになったんだろうけど。それはそれとして、生理的にというか。本能の部分で警戒心が残っちゃってるのかも。 びきびきに細かいひびが入りまくってもはや白っぽくなってるガラス張りの重い扉の前に立つと、外から今しも入れ違いに入って来ようとするわたしと同年代の女の子の姿が見えた。 何となく見覚えはなくもないが、あまり深く会話を交わした覚えはない相手だ。だけど彼女の方はぼんやり霞んだ古いガラス越しにわたしの姿を認めた瞬間、あっあのカップルの片割れだ。とアスハのイメージと共にわたしの記憶を呼び起こした。 どうやらその思考の表面をさっとなぞるに、わたしたちは既に付き合ってるカップルとしてこの図書館の滞在者の間ではそれなりに知られてるらしい。 ほとんどの長期滞在者が旅の子だし、パートナー選びの対象の選択を誤るのは死活問題だからだろう。あいつら行ってもどうせ無駄だぜ、みたいなことはあっという間に広まってしまう。誰しも無駄弾は撃ちたくないというわけか。 「…カレシ、青桐の木の下にいるよ。そこで本読んでる」 親切にも教えてくれた。なのにわたしには『青桐』がわからない。 植物図鑑にもあとで目を通さなきゃ。と思いつつ、恥を忍んで彼女に率直に尋ねてみる。 「ありがとう。…えーと、どんな木だっけ?『アオギリ』って…」 見た目に反して案外もの知らないんだな、と彼女は内心で呆れつつ(口にしない節度が向こうにはあるのに。結局は丸聞こえなのが悲しい…)懇切丁寧に教えてくれた。
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