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承
19:00。
快活CLUBに戻ったおれは、晩ごはんに何時も通りに「野菜あんかけ定食」を注文する。そして20分後に、おれの心の恋人・ウラトキさんが、メニューを持参してきた。
「うんうん!朝と晩で、おれの心の嫁・ウラトキさんがメニューを持ってきてくれるなんて、幸先良いのか、それとも運を使い果たしているのか…???」
ともあれ、おれは食後に食器を片付けるのもそこそこに、パソコンに向き合って先ずは「弱者男性」というワードを検索する。しかし、というか案の定、モニターに表示された文字列はこうだった↓
「弱者男性」の検索結果:0件
ワードを変えて再度ご検索ください
(…やっぱりな…。今時分、この単語は「使っちゃいけない言葉」だから)それでもおれの好奇心は、収まらなかった。(それならシンプルに「弱者」という単語ならどうだろう?)
おれは諦めずに、再度「弱者」で検索してみる。しかし…???
「弱者」の検索結果:0件
ワードを変えて再度ご検索ください
その後も、手を変え品を変え「弱者男」「弱者オス」「弱男」「弱っちい野郎」「弱い男」「弱虫男」…と、自分の知り得る単語を組み合わせて、あれこれ検索を試してみた。しかし、どの単語でもどうしても検索結果は「0件」しか出てこないのであった。
*
「ふぃ~…疲れたな。こうも『弱者』に関係する単語で検索しても全くヒットしないなんて、政府機関か何処かの陰謀じゃないのか…?」
作業が徒労に終わる際には、関係ない雑念が湧いてくることが誰でもある。
「弱者」関連でパソコンを検索しても、全く要領を得ない結果ばかりという徒労を味わっていたヨリノシも、そんな時に全く関係ない思い出が、ふと頭によぎるのであった。
そしてその思い出とは…???
高校2年のある日の世界史の授業の時。
世界史を受け持つ比嘉先生が、この日、21世紀半ばから末にかけてこじれていた「米中文化摩擦」について、授業内容で語っていた。
その「米中文化摩擦」とは、コンテンツ産業で覇権を競い合っていたアメリカと中国だが、中国側の漫画表現が折れてアメリカ産のカートゥーンとアメコミ表現が遍く世界に広まった…というものであった。
授業は、単に教科書に記述のあることに対して、先生が補足説明をするようなものであった。ところが、その教科書には「アメリカ大衆文化の象徴」として著作権の切れたカートゥーンやアメリカンコミックの図が掲載されていたのに、同じく著作権の切れているはずの当時の中国側の漫画・アニメ・ゲームの図は一切載っていなかったのであった。
17歳のヨリノシは、この時に不思議に思った。
(どうしてアメリカのマンガの絵はあるのに、中国のマンガの絵がないんだろう…?)
そこで授業が終わって、思い切って先生に訊いてみた。
「先生、100年前の中国のマンガって、どんな絵だったんですか?なんか教科書にはアメリカのマンガの絵は載ってるけど、中国のマンガの絵が全然ないんですけど…。だから、今日の授業で教わった『米中文化摩擦』の時の中国側のマンガのことが分かるサイトか何かを、教えてくれませんか?」
ところが、比嘉先生の言はこうだった↓
「なぁ、ヨリノシ…そんなものに興味を持ってどうするのか?第一次世界大戦前に暗殺されたオーストリア=ハンガリー帝国の皇太子の名前がフランツ・フェルディナント大公ってことはテストにも出てくるから覚えるべきだが、暗殺を実行したヤツの名前なんて、知る必要もない。同じく、琉球が北山・中山・南山に分かれて三国志みたいな戦乱の時代を経て、尚巴志が天下統一を果たした…なんて歴史も、日本の大学では何処も入試に出題しないし大河ドラマのネタにもなりやしない。『米中文化摩擦』はアメリカがコンテンツ産業で天下を取って、中国は敗けた。その歴史だけ覚えとけばいいのであって、あの当時の中国の漫画・アニメ・ゲームがどんな絵柄だったとか、そんなものは知る必要なんてないんだ。あの頃の中国アニメの絵を有り難がるヤツなんてどうせ只の『じゃくしゃなんにょ』くらいのモンだぜ。そんなことよりも、さっさと世界史の年号を覚えた!覚えた!!」
これを思い出したヨリノシは、「ハッ」として起き上がった。
(そうだ…今まで漢字で入力していたから検索にもヒットしなかったんだ。それなら平仮名で「じゃくしゃなんにょ」って入力したら、どうだろうか…?)
思い立ったが吉日。
ヨリノシは早速、個室に据え置かれている時代遅れのデスクトップパソコンに向き合って文字を入力した。「じゃくしゃなんにょ」という文字列を…。
すると…???
「じゃくしゃなんにょ」の検索結果:1件
「ビンゴ!」彼は思わず声を上げた。「よ~し…よしよし、上手いこと行ったぞ。さて、と…その検索結果とやらはどうかなぁ~」
ヨリノシは、逸る気持ちを抑えながら検索を進める。その、たった1件しかない「じゃくしゃなんにょ」に言及したサイトとは、タイトルを「じゃくしゃのサロン」と題した、どうやら会員制のSNS(もしくは掲示板)の模様であった。
「???どうもこの『じゃくしゃのサロン』とやら、会員しか書き込めない…というか、覗けない仕様になってるな…。しかも、作成されたのが前世紀半ばの2050年代と来ている。もう化石みたいなサイトだが、どれ、おれがいっちょ会員登録をして、出歯亀根性を発揮して覗いてみよう」
会員登録そのものは、極めて単純明快なものである。単に自分のマイナンバーを入力してパスワードを決定すれば、もうそれだけで誰でもこのSNSを利用できる仕様だった。
「思いのほか簡単にアクセスできるのだな…。まぁ、個人情報なんて、もう150年も前には形骸化しているようなモンだからな…」
そう!彼の呟く150年前どころか、2020年代も終盤に差し掛かる遠い過去の時代には最早、
「どんな情報にアクセスしたのか?」
「本日の朝昼晩のごはんのメニューは何だったのか?」
「この日は何処で排泄して、便秘だったか軟便だったか下痢だったか?」
等々は、ネットにより全世界に筒抜けとなり、人類自身が「是」としてきたそんな情報の駄々洩れに対して、誰も抵抗が出来なくなっていたのである。
ともあれ、会員登録を済ませたヨリノシは、逸る気持ちでこの化石のような会員制SNSにアクセスすべく、Enterキーを押す…。
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