0人が本棚に入れています
本棚に追加
転
「!?」
おれは、真っ先に目に飛び込んできた画像に面食らった。
そこでは「じゃくしゃなんにょのみなさんへのご挨拶」と題して、眼鏡をかけて毛髪の無い、そしてやたらと太った男の顔を映した動画がデカデカと貼り付けてある。
「な…何だこりゃ!?頭髪を剃っている…???いや、髪の毛が抜けているのか!?」
今時分、男女を問わず髪の毛があるのが当たり前である。ところが、この写真の男は大昔の抗がん剤の治療のためなのか、それとも何か他の病気なのか、頭髪がほとんど無い。剃毛しているならその剃り跡が確認できるが、それすら無いのであった。
そして動画の中で、その毛髪の無い脂ぎった顔の40代ほどの男は宣う。
ようこそ!
じゃくしゃなんにょの皆さん!!
このSNSの管理人・ナナシノゴンベエです。
ここでは皆さんの「女にモテない」「男にモテない」「この世界は不公平」「勝ち組をぶっ殺したい」「負け組でも生きているぞ」「理不尽な世界にモノ申す」その他、学校では苛められ、社会では長時間・低賃金労働を押し付けられ、死ぬ瞬間は路上かネットカフェか安アパートで孤独死することが確定している人たちの、言わば「受け皿」です。
さあ皆さん!この世の中に対する恨み辛みを、この『じゃくしゃのサロン』でガシガシぶちまけましょう!!
この世界の理不尽・不条理を我々『じゃくしゃなんにょ』に押し付け、自分たちはのうのうと「勝ち組」生活を謳歌するイケメン・金持ち・都会人・意識高い系・エリートサラリーマン、その他諸々の社会の上澄み層に対して、不細工・ブス・貧乏人・田舎者・地方人・意識低い系が思う存分このサロンにて「精神勝利」をしようではないですか!
どうやらこの『じゃくしゃのサロン』とかいう会員制SNSは、現代で言うところの「杂音」と同じ機能を果たしているらしい。しかし、今の「杂音」には、画像投稿機能が無い。「そんな機能を付けると個人情報がダダ洩れになって犯罪に巻き込まれかねない」という理由らしい。もう個人情報保護法など有名無実化しているのに、何故か「杂音」は遥か古代のインターネット黎明期のテキストサイト同様に、画像も動画もUPが不可能・「杂音」内での投稿の共有は可能であれど別のサイトにリンクを貼ることすら出来ないのであった。
おれは「管理人」の顔に得も言われぬ不快感を催したが、それはさて措きこのSNSのあちこちをクリックして、彼ら彼女らじゃくしゃなんにょのホンネを知ろうとした。
ある投稿では、異様にヒョロヒョロして頬骨の出た男が、自身が製パン工場で中年女性に虐められ、挙句に精神を病んで生活保護を受ける羽目になったが、それを彼は「精神のランクアップ」と表現していた。そして「彼」は、自身が生活保護を受けるようになって「会社ザマァwww俺はこれから思う存分遊んで暮らすぞ!!」とテロップまで付けて、中指を立てて叫ぶのであった。
また、ある投稿では、あり得ないくらいに身長の高い、そしてウマ面の女が、極端なまでに「男」という存在そのものを叩きまくっていた。今時分、成人女性の平均身長は155㎝前後だが、画面の向こうの「彼女」は高身長ゆえに男にありつけず、その恨み辛みを思う存分ぶちまけているようであった。そしてついでに言うのなら、画面の向こうの女はあり得ないくらいに胸が平たい。今現在、女子は成人を迎える頃には胸囲が90㎝台に達するのが当たり前なのに、「彼女」の胸はどう見ても周囲が70㎝を少し超えているとしか思えないのであった。
さらにある投稿を閲覧すると…???「米中文化摩擦敗北記念投稿」と題して、何処かのネットカフェであろう個室が映し出される。そしてパソコンモニターには、簡体字·で『东海战记』というタイトルと共に明らかにカートゥーンやアメコミとは異質の、目のパッチリとしてあり得ない髪の毛の色をした、そして矢鱈と胸や尻を強調している女性キャラクターが映し出された。ついでに男性キャラも映し出されたが、それは鼻筋の通った切れ長の目をしていた。
おれはコレを観て、初めて「米中文化摩擦」以前の中華コンテンツの創出していたアニメキャラが、どんなモノだったのか?を知ったわけである。何のことはない。その中華系アニメキャラとは、髪の毛の色を除けば現実に存在するおれたちや女性たちの似姿に他ならない。カートゥーンやアメコミのような「多様性」「ポリコレ」とは無縁の、現実に存在する男女を単純に「平面化」したに過ぎない、それこそが、100年も前に敗北したアニメ表現の正体だったのである。
続いて画面が反転して、撮影者が映し出される。「彼」は管理人同様に頭髪がほとんど無く、顔面が吹き出物だらけであった。
北海道の苫米地く~ん、今から米中文化摩擦に負けたチャイナキャラで、こきよーとこ見しちゃーけん
再度画面が反転して、やたらと肌を露出した女の子キャラが戦闘しているところが映し出される。…が、3分ほどして画面が切り替わり、今度は勃起したドリル状のアソコが大映しになる。そしてそのドリルを投稿主がゴシゴシと擦る。
お~しこしこしこ~
…というセリフまで添えて。
「北海道の苫米地くん」とやらに宛てたこの投稿を目の当たりにして、おれは胸が悪くなり、備え付けのゴミ箱に思いっきり嘔吐した。
オロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロ…
おれはもうこれ以上、この『じゃくしゃのサロン』を観る気になれなかった。
このSNSに投稿しているのは、今はもう自身の遺伝子を遺すこともなく死に絶えているであろう「弱者」たち。2050年代に生きていた彼ら彼女らは、未来人であるおれに、どんなメッセージを伝えたかったのか?おれ自身もまた「世の中の敗北者」である。このSNSに投稿している醜く太り、頭髪も無く、女性は異様に背の高い、現代人には無い「おぞましさ」を一身に背負った彼ら彼女らは、もう100年以上経過した未来人に対して、
「お前ら勝ち組はせいぜいイケメンと美少女同士で交尾して、イケメン美少女を大量生産するこったなwその中からは絶対に底辺に堕ちるイケメン美少女が出て来るww俺ら私らはあの世から思う存分ソイツら『底辺イケメン美少女』を嘲笑ってやるぜwww」
…とでも宣っているようであった。
おれは画面の向こうから、そんな「じゃくしゃなんにょ」の意図が伝わってくるようで、恐ろしくなった。とにかく、もうこれ以上『じゃくしゃのサロン』なるSNSを閲覧する気になれない。おれは普段からねぐらにしている個室をとび出すと、一目散にメディカル・ベンダーに走り、生体認証リーダーに虹彩や指静脈を充てて精神安定剤を買い込んだ。そしてウォーターサーバーで水を汲むと、震える手で薬剤を3錠口に放り込む。
それから、メディカル・ベンダーが呑気な電子音声で声かけする。
精神安定剤は用法・用量を守って服用しましょう!
*
あまりにもおぞましい「じゃくしゃなんにょ」の正体を目の当たりにしたヨリノシは、震えながらブランケットにくるまって眠りに就いた。…只、醜く太り頭髪も無く、顔が脂ぎって吹き出物だらけという、今やこの世に存在しない、否、存在することも赦されなかった彼ら彼女らの怨念に苛まれて、彼は深夜02:00頃になってようやくウトウトできたのであった。
…そして今はもう子孫も遺さず死に絶えた「じゃくしゃなんにょ」たちは、彼の夢の中にも出てきた。
夢の中で、ヨリノシは何時もと同じくパワードスーツを装着して、せっせと焼却炉に圧縮した塵芥を放り込んでいた。そして何故か、周りには顔なじみの、自分と同じく鼻筋が通って切れ長の目をした――つまり100年も前に敗北したアニメキャラ風の顔つき――の同僚がいない。
(一人でこのキツイ作業をこなせってのか…?)
夢の中の彼は不満に思う。
と、そんな時…???
おいゴルァ!どけや弱者!!
ヨリノシは背後から、いきなり怒鳴られる。彼はビクッとして振り向くと、そこには「じゃくしゃのサロン」管理人の男がパワードスーツを装着して乱暴にアームを振り回しながら突進している。ヨリノシは恐ろしくなり、慌ててその場を避けるが…???
弱者がエラソーにすんな!カス!!
「管理人」がヨリノシに対して怒鳴り散らし、ヨリノシは何故かパワードスーツを装着したままで土下座する(関節の構造から、パワードスーツ姿で土下座することなど不可能にも拘わらず)。
「す、すいません!すいません!!」
彼は、泣きながら土下座して赦しを乞うが…!?
ヨリノシの右横には、例のパン工場で働いていた異様にヒョロヒョロして頬骨の出た男が。
おい!弱者男!!今負け組人生を送ってどんな気持ちぃ?ねえねえ、どんな気持ちぃぃ??
その男は、ニタニタとした顔でヨリノシを煽るように問い詰める。そしてヨリノシは…???
「ご、ごめんなさい!ごめんなさい!!」
またしても彼は、涙声で謝罪する。そのヨリノシの背後を、同じくパワードスーツを装着した、あり得ないくらいに背の高い、ウマ面の女が蹴とばす。
クソ弱者オス風情が、いっちょ前にシャバの空気を吸ってンじゃねぇ!クソオスが!!
その剣幕に怖気づいたヨリノシは、またまた涙と鼻水を流しながら「彼女」に謝罪する。
「も、申し訳ございません!申し訳ございません!!」
もう恐ろしくなったヨリノシは、パワードスーツをドタドタ言わせてその場から走って逃げ出す。…ところが…!?
何時もの仕事場の出口付近で、彼は頭髪がほとんど無く、顔が吹き出物だらけの男に捕まった。
いぇ~い!弱男のヨリノシく~ん!!今からこきよーとこ見しちゃーけん
そしてその男は、自分のドリル状のアソコをゴシゴシと擦りだす。ヨリノシは、そのおぞましい様子を目の当たりにして、夢の中で嘔吐する。
今はもう存在しない「じゃくしゃなんにょ」たち。彼ら彼女らは、未来の「エリートサラリーマン」「都会人」「意識高い系」「イケメン」「美少女」「金持ち」その他の社会の上澄み層に存在を否定され、遺伝子をつなぐことすら出来ずに死に絶えていった者たち。そんな「じゃくしゃなんにょ」たちに対して、生きて命脈をつないでいるヨリノシは、ひたすらに謝罪するしかなかった。そして…?
*
「おいゴルァ!起きろや!!」
いきなりおれは、誰かに頭を蹴とばされて目を覚ました。
驚いて起きて振り返ると、そこには警察手帳を出した私服警官と数名の警察官がいた。彼らは、プライバシーの保てないネットカフェの個室を勝手に開けて、おれのテリトリーにズカズカと入り込んでいたのであった。
「な、何ですか!?おれが何をやったのかと…」
おれは気が動転して、とにかく言葉を紡ごうとするが、恐ろしくて何かを言おうにも言い出せない。そして私服警官は、このように宣った。
「貴様はネット検索法第2208条に違反して、禁忌ワードによって自己思想改造を行おうとした。自己価値観のパラダイム・シフトは禁じられている。年間収入が200万ポイントに満たない者が、年間収入2000万ポイント以上の者の価値観に触れることが固く禁じられていることを、貴様は忘れていたようだな。…そして貴様はネット検索によって、さらにそれ以下の収入の過去の人間の価値観に触れている。これが社会維持の崩壊につながりかねないことが、明白になっていることは行政AIのシミュレートによって実証されている。貴様には黙秘権があるが、どうせそれも無意味だ。不服なら起訴する自由もあるが、いずれにせよ懲役10年を下回らないことを覚悟せよ。そして署に同行せよ!」
私服警官は、そのように一気にまくしたてる。
おれは恐ろしくなった。そうだった、今現在、誰かが何処かで何を検索したのか?なんて、もう全世界に筒抜けになる時代なのである。それどころか、今や個人の本日の朝昼晩のメシとして何を食ったのかも、病歴も、そしてウンコの形状すら、もうこの時代には共有され、個人情報なんてものは「有って無い」ものだと、おれは完全に失念していた。俺は泣きながら抵抗する。
「い、イヤだ~!おれが何をしたっていうんだ!?おれは只単に『じゃくしゃなんにょ』っていうワードを検索しただけなのに、それでどうしてしょっ引かれなくちゃならないんだ~~!?おれは無実だぁ~~~!!!」
*
「おれは無実だぁ~~~!!!」と泣き叫ぶヨリノシ。せめてもの救いは、ヨリノシの想い人である快活CLUB店員のウラトキさんが、ニタニタとした顔で彼がしょっ引かれるところを眺めていたことに気が動転して気づかなかったことだろう。
最初のコメントを投稿しよう!