15話

1/1
前へ
/23ページ
次へ

15話

オリバーは、腕の中にある三冊の本をぎゅっと抱きしめた。 先祖と祖母が遺した想いを、今度こそ大切にしなければ……。 一度は手放してしまった本の重みをひしひしと感じながら、オリバーは資料館を後にした。 「今回は、イートン君のお手柄だったね」 皆で研究棟へ向かいつつ、スティーヴンが優しい声音で言う。 「えっ? お手柄だなんて、そんな……っ。偶然、思いついただけですから」 管理官の賛辞に、助手は思いきり首を横に振った。 「謙虚だね。コリンズ家の本が資料館にあるとは思いもしなかったよ。しかも、こんなに大きな発見に繋がって」 「私も驚きました。魔力の承継……夢のような話ですね」 「うん。前代未聞の大魔法だよ。もし、子孫への承継が成功していたら、帝国の人々は大騒ぎしていただろうね」 「魔力を誰かに譲れるとなると、社会の常識が一変しそうですもんね」 親友と驚きを分かち合っていると、弟から尖った視線を感じた。 何事かと顔を向けてみれば、隙のない美貌が懐疑的な表情を浮かべている。 「お前……俺たちを資料館に誘導したんじゃないのか?」 「え……?」 アーノルドの鋭い疑問に、オリバーの心臓が不穏に鳴った。 「ゆ、誘導……?」 「俺の部屋にある本は全く読もうとしなかったくせに、資料館にはやけに行きたがったよな? コリンズ家の本を探すように提案したのもお前で、最初から分かっていたかのように、重要な本があった。偶然にしては、出来すぎだ」 「あ、の……」 漆黒の目に強く見据えられて、オリバーは視線を泳がせながら言葉を探した。 先程の資料館でもそうだったが、どうやらアーノルドに疑われているようだ。 きっと、何か秘密を抱えていることに気づいているのだろう。 ――どうすればいいんだろう――…… 口封じの魔法があるので、重要なことは口に出せない。 ここで無理に話そうとしても、不信感が増すだけだ。 ――説明するより前に、口封じの魔法を緩めてもらわないと……。まずは学園に行かせてほしいって、頼むべきなのかな……。 上手く言葉が見つからずに無言でうろたえていると、オリバーの代わりにスティーヴンが口を開いた。 「アーノルド。そんなに強く睨んだら、イートン君が怯えるだけだろ?」 「別に睨んでない。聞いているだけだ」 「聞くにして――」 突然、声が中途半端に途切れる。 どうしたのかと問う間もなく、異常な光景が目の前に突きつけられた。 ――え……!? 何が起こったの!?!? アーノルドとスティーヴンが、ぴたりと体の動きを止めている。 彼らだけではない。 行き交う人々が、誰も動いていなかった。 歩いている人。話している人。 全てが不自然に固まって、もの言わぬ人形のようになっている。 まるで、流れる時間が止まったような。 ――もしかして、時止めの魔法――!? 一瞬、十五年前のように時止めの魔法がかけられたのかと思ったが。 違う。 側にある木が、風にそよいでいる。 そして、何より―― オリバーの体は、自由だった。 「先生っ。管理官っ!!」 二人を呼びながら、動かない体に触れる。 よく見たら、どちらも四肢を震わせて、わずかに苦渋の表情を浮かべていた。 全力で体を動かそうとしているのだ。 「……っ……オリバー……逃げろっ……」 動かない唇の隙間から、アーノルドがかすれた声を絞り出す。 「先生……一体、何が……っ」 「にげろ……っ」 「先生たちを置いていくなんて、できませんっ」 「……いいから……行けっ」 「そんな……っ」 動かない体と戦っている二人を前に、どうすることもできずにいると、人形と化した人々の奥から男の声がした。 目を向ければ、こちらに向かってきている四人の男。 風体も歩き方も、この辺りで見かける人とはかけ離れている。 林で、オリバーを襲ってきた男たちと同じ雰囲気。 ――こんなに人がいたら、さすがに狙われないと思っていたのに――…… 警戒心を緩ませて、研究棟から出てしまった。 後悔と恐怖に、心が重く冷えていく。 けれど、(ひる)んでいる暇はない。 震える体を叱咤(しった)して、オリバーはすぐ側まで歩いてきた男たちの前に立ちふさがった。 「……お前、大魔導師の助手だろ? 助手のくせに、魔力が全くねぇのかよ」 四人の中の一人。代表格と思われる大柄な茶髪の男が、嘲笑しながら言う。 どうして、魔力の有無が一目で分かるのか。 オリバーの怪訝(けげん)そうな表情に応えるようにして、男が笑みを深める。 「魔力のある奴ほど、体が動かず、魔法も使えねぇようにしてんだよ。この辺りをうろついてる奴は、すげぇ魔力の持ち主ばかりだろうからな」 ここは魔法省の敷地内。 自然と、通行人のほとんどが高い魔力を持つ人になってしまう。 茶髪の男は、思惑通りとばかりに、固まっている人々を満足そうに眺めた。 「まさか、警吏(けいり)の前で襲われるとは思わなかっただろ? 世の(ことわり)の一つにな、魔力が豊富な奴ほど油断するってのがあんだよ。何があっても、自分の力でどうにかできると思ってやがる。そんなわけねぇのにな。今だって、まるで人形市(にんぎょういち)じゃねぇか」 茶髪の男の言葉に、他の男たちが一斉に下品な笑い声をあげた。 「うちのもんが考えた魔法は傑作だよな~」 ヘラヘラと締まりのない表情を浮かべながら、男たちが徐々に近づいてくる。 今、動けるのはただ一人。 弟と親友を守れるのは、自分しかいない――! オリバーは、二人をかばうようにして、両手を広げた。 その拍子に、持っていた三冊の本が足元に落ちるが、気にしている余裕はない。 「……コリンズ先生を狙っているんですか……?」 オリバーは、茶髪の男を鋭く見据える。 「ああ、そうだ。大魔導師様には、供物になっていただこうってな。俺たちは、共鳴を解きてぇんだ」 「……先生の命で解くつもりなんですね」 「理解が早くて助かるねぇ~」 やはり……。 コリンズ家の前で、アーノルドの命を奪う気なのだ。 「俺たちは大魔導師様にしか用はねぇから。痛い思いをしたくなかったら、そこをどいてろ」 四人の男に迫られるが、オリバーは一歩も引かなかった。 自分には、魔力も武力もない。 それどころか、危害を加えられたら、体が土塊(つちくれ)に戻ってしまうかもしれない。 ――けど、何が何でもアーニーを守らないと――!! 「……資料館に……はしって、もどれ……っ」 「……はやく――」 アーノルドとスティーヴンのかすれた声が、背後から聞こえてくる。 しかし、オリバーはそれには応えず、両手を広げたまま男たちを睨み続けた。 「先生の命を奪っても、必ず共鳴が解けるわけでもないのに、よくこんな大それたことができますね」 「あの家には、莫大な魔力が眠ってんだよ。魔力のねぇお前なら分かるだろ? でけぇ力が後天的に手に入るってことの価値を。少しでも可能性があるなら、試してみてぇじゃねぇか」 「試してって……人の命を何だと思ってるんですかっ!?」 「他人の命に、どれだけの価値があんだよ。俺たちだって、仲間の命は大事にする。大魔導師を殺せば、コリンズ家で凍ってる奴らを助けられるかもしれねぇ。それで魔力も手に入れば、一石二鳥ってやつだ」 男の言葉に、一つの疑惑が確信へと変わった。 ――十五年前も、この男たちの仕業だったんだ――…… 心臓が燃えるような激しい怒りが、心の奥から湧きあがる。 この男たちのせいで、アーノルドがどれだけ苦しんだことか。 失った十五年を返せと、男たちにつかみかかりたい衝動にかられた。 「もう、おしゃべりは終わりだ。ほら、どけよ」 兄の怒りをよそに、男たちはじりじりと距離を詰めてくる。 「嫌ですっ」 腕を広げて必死にアーノルドを守ろうとするオリバーに、男たちはそろって失笑した。 「ご主人様も逃げろって言ってんだから、言う通りにしとけよ。お前が助けられるわけねぇんだから」 「それでも……絶対に先生から離れませんっ」 何を言っても動こうとしない助手に、茶髪の男はわずらわしそうに息を吐く。 「こいつをどかせろ」 男の命令に、手下らしき他の男たちが、オリバーに手を伸ばしてきた。 無骨な指が肩に食い込み、痛みが走る。 「や、やめて……っ」 「おいっ。暴れるなっ」 男たちの手から逃げようとして揉み合いになるが、力の差は歴然だ。 すぐに体の自由を奪われて、オリバーは低く(うめ)いた。 このままだと、アーノルドが捕らわれてしまう。 男たちに引きずられそうになって、激しく抵抗した。 「……だめっ……アーニーを連れて行かないでっ……!」 アーノルドの側から引きはがされたオリバーが叫んだ瞬間。 足元に落としていた本が浮き上がり、目の前で勢いよく開いた。 ――これは、封魔書――……? 突然のことに驚いている皆の前で、本が閃光を放つ。 眩しさに、思わず顔を背けそうになっていると、本から大きな魔法陣が現れて、周囲に暴風が吹き荒れはじめた。 本に封じられていたショーン・コリンズの魔力だ。 先祖が遺してくれた風魔法が炸裂して、四人の男たちが吹き飛ぶ。 自分も強い風に体を押されて、後方へ飛ぶように地面を転がってしまった。 四肢に鈍い痛みが走るが、そんなものには構っていられない。 オリバーは、暴風の中でどうにか身を起こした。 あまりの強風に視界がきかず、そんなに離れていないはずなのに、弟たちがどこにいるのか分からない。 固まった体で風に耐えている人々がうっすら見えるが、どれも弟と親友ではなかった。 「……どこにいるの……?」 激しい風に揉まれながら彷徨(さまよ)っていると、見慣れた黒髪が視界をかすめた。 ――アーニー、見つけたっ……! オリバーは長身の黒髪を目印に、吹きすさぶ風の中を少しずつ進んでいく。 男たちも風に飛ばされただけで、まだ弟を諦めていないだろう。 ――早く、アーニーのところへ行かないと――! 「アーニーっ、スティーブっ……!」 長い時間をかけて、ようやく二人の前へ飛び込むようにたどり着くと、四つの目から驚愕の視線を向けられた。 「……っ……兄さん……?」 「エリー……っ?」 ――あ……僕……つい、二人を愛称で……。 いつもの呼び方で、弟と親友はオリバーの正体に気づいたようだ。 いや、封魔書が開いた時点で分かっていただろう。 「……本当に……兄さん……?」 漆黒の瞳が、切実な光を宿して見つめてくる。 何か……何か言わないと。 そう思って、口を開いた刹那。 オリバーの背後から、炎が襲ってきた。 「っ、火が……! アーニーっ」 背中に熱を感じて、とっさにアーノルドの体に抱きついた。 炎は、すぐに風でかき消されたが、すぐに次が放たれるかもしれない。 前に林で追ってきた火の魔法使いが、四人の男たちの中にいるのだ。 どうしよう……。 人形化の魔法とショーンの魔法は、いつまで続くのか。 アーノルドを男たちから守るためには、どう動けば―― 「兄さん……」 思考を巡らせていたオリバーの耳に、アーノルドのかすれた声が届く。 見上げると、万感の想いが溢れた漆黒の瞳と視線が交わった。 「ぁ……アーニー……」 全力で魔法に(あらが)うアーノルドが、震える手でオリバーの頬に触れてくる。 「……兄さん……兄さん……」 激しい風が吹き荒れる中、兄弟で深く静かに見つめ合った。 やっと、兄としてアーノルドの前に立つことができた。 この日を、どれだけ待ち望んでいたことか……。 大きな手に頬を寄せて喜びを感じていると、二人の空気を切り裂くように、後ろから男の唸り声が聞こえた。 「封魔書なんて、ふざけたもんを持ちやがって――!」 飛ばされた男たちが、火魔法で風を蹴散らしながら戻ってくる。 オリバーは、びくりと肩を震わせて振り返った。 そうだ。喜びに浸っている暇はない。 ショーンの魔力で一時はしのげたが、アーノルドはまだ狙われているのだから。 「魔法も切れかかってんじゃねぇかよっ」 人々が体をわずかに動かしているのを見て、茶髪の男が苛立ったように言う。 「すまねぇ。もう魔力が……」 人形化の魔法を発動させているだろう男が、弱りきった声を出した。 この様子だと、そろそろ魔法は解けそうだ。 「くそっ。この風のせいで計画が台無しだ」 男は茶色の髪を忌々しそうにかきむしると、オリバーを睨んできた。 「……策を変える。助手を連れていけ」 ――えっ……僕――!? 男の一声で、標的が大魔導師から助手へと変わった。 再び、手下の男たちに体をつかまれて、オリバーは必死にアーノルドにしがみついた。 「や、やめっ……はなして……っ!」 弟に強く抱きつくが、それ以上の力で、男たちが引きはがしにかかってくる。 「やだっ……アーニー、アーニーっ……!」 「っ……兄さん……!」 アーノルドがわずかに動く手で兄の腰をつかむが、魔法のせいで力が入らない。 「抵抗すんなっ。めんどくせぇ」 複数人の力で思いきり引っ張られて、とうとう弟の体から離されてしまった。 ――いやだっ。絶対に捕まりたくない……っ。 魔法に逆らって、渾身の力で伸ばしてくるアーノルドの腕に、全力でしがみつく。 「アーニーっ!」 しかし、男たちとの力の差は言うまでもなく―― 必死につかんでいる二の腕から、ずるずると手がすべっていく。 ――……離したくないのに、力がっ――!! アーノルドの腕から指先にずれていく手は、どうあがいても止められず―― 「兄さんっ……手を……っ」 「……アーニー……」 オリバーは、最後の力を振り絞って、弟の手指を握った。 アーノルドも、上手く動かない手で力の限り握り返してくるが……。 「いい加減、諦めろっ」 ()れた男たちがオリバーを持ち上げるように引っ張り、握り合っていた指先が離れてしまった。 ――そんな――っ! 「はなして、はなしてっ!!」 抵抗するが、屈強な男たちによる拘束は全く緩まない。 「転移魔法を発動しろっ」 茶髪の男の指示で、誰かが呪文を唱えはじめる。 足元に魔法陣が現れて、オリバーは体を暴れさせた。 この魔法が発動してしまえば、自分は人質になってしまう。 ――それだけは、絶対に嫌だ……っ!!! 「うるせぇ!」 「いっっ……」 振り回していた手をひねり上げられ、痛みで膝をつきそうになる。 「やめろ……っ」 「エリー……!」 弟と親友が懸命に体を動かそうとしているが、まだ魔法は解けないようだ。 ――逃げたいっ、逃げたいのにっ。 全ての抵抗を抑えられて、オリバーは唇を噛みしめる。 「(かしら)っ!」 そして、魔法陣が光を帯びて、今にも転移魔法が発動するという時。 手下の一人が驚いた様子で、落ちている本を拾った。 「これは、例の本の下巻です!」 ぱらぱらと中身を見て内容を確信した手下が、喜びの声をあげる。 「コリンズ家にあると思っていたが……こりゃあ、運が向いてきたなぁ」 (かしら)と呼ばれた茶髪の男が、嬉々として本を受け取った。 ――なに?? どういうこと……!? 男が手にしているのは、祖母の書いた研究書だ。 何故、この本の存在を知っているのか。 手下の男の口ぶりでは、上巻はすでに持っているようだ。 祖母の本を、どうやって手に入れたのか――?? 数多の疑問が頭をよぎる間にも、魔法陣の光はどんどん強くなっていく。 「魔法が解ける前に帰るぞ」 (かしら)の言葉と共に、周囲に光が広がった。 「い、いやだっ……はなして、はなして……!!」 これ以上、アーノルドを苦しませたくない。 自分が人質になるなんて、絶対にだめなのに――! オリバーの抵抗など意にも介さず、転移魔法が発動する。 それと同時に、人形化の魔法が解けたようで、アーノルドたちが全力でこちらに向かってきた。 「兄さんっ!!」 「エリー!!」 二人が攻撃魔法を放ち、移動を止めようとする。 しかし、転移魔法の発動の方が、一瞬だけ早かった。 「アーニーっ!! スティーブ!!」 オリバーは、向かってくる二人に手を伸ばした。 けれど、その手は二人に届くことはなく―― 周囲の景色が、強い光の中に消えていった。 ――ああ……。人質に……なってしまった……。 男たちは、大魔導師と助手の命の交換を要求するつもりだろう。 オリバーは、深くうなだれた。 捕まった挙句に、こんな騒動の渦中で、エリオットだと告げる形になってしまった……。 今頃、アーノルドたちは、どれだけ心を乱しているか。 こんなことになるなら、先に口封じの魔法を緩めてもらおうと考えずに、無理やりにでも兄だと主張しておけばよかった。 ――僕は、どれだけ馬鹿なんだ……。 捕らわれてしまった絶望の底で、オリバーは心を凍てつかせた。 ――この十五年間……ずっと、アーニーを苦しめてばかりだ――…… de785a35-2664-4ad9-8d83-6f0680610523 転移魔法の魔法陣が足元に現れて焦るオリバー もんのすごく連載が亀の歩みとなっております。 一日置きぐらいの連載と大嘘をついてごめんなさいっ! これからクライマックスに入っていくのですが、連載は引き続き遅めとなります。 気長にコリンズ兄弟を応援していただけると嬉しいです~!
/23ページ

最初のコメントを投稿しよう!

19人が本棚に入れています
本棚に追加