2人が本棚に入れています
本棚に追加
眠れぬ夜、私は外に飛び出した。
部屋の籠った空気と心に澱んだ感情から逃れたかったのだ。
外気は思ったより澄んでいて、夕方に降った雨のおかげで顔に触れる風が柔らかく心地よい。
この風を体に入れようと、すうっと深く空気を吸ってみる。そして一瞬止めた後、ふうっと長く吐く息と共に心の靄が流れていくのだった。
ふと、夜の明るさに違和感を覚えて空を見上げてみた。
そこには欠けている場所のない見事な月があった。
月は怖いくらいの黄色い光を放っており、夜空に穴を開けているかのようだった。
それこそ吸い込まれれば逃げることの叶わない異界の窓に思えるほど。
その怪しい光を目に受けた瞬間、私は身震いをして視線を戻して急ぎ帰路に着いた。
帰り道は黄色い明かりが照らしていて、私の影を作っている。
影は踊るように私を導いていた。
この先は本当に自分のアパートなのだろうか。
不安に駆られ、次第に早足になっていく。
街灯よりも明るい月明かりが私を照らし続ける。
私の他に、人は全くいない。
車も通らない。
住宅街にも関わらず、どの家にも電気が点いていない。
人の声も、猫の鳴き声も、虫の音ですら聞こえない。
静寂の黄色い街に、私の早い呼吸の音だけが響いている。
とにかくここから離れなくては。
そう強迫観念にも似た感情を抱いて、私はとうとう走りだしていた。
もはや自分のアパートがどこにあるのかさえ分からない。
ただひたすら走っていく。
影はそんな私をあざ笑うかのように踊り続けている。
ついに黄色い光は街を包み込んで、私の目には何も映らなくなってしまった。
はあ はあ はあ はあ
激しい疲労と極度の恐怖で動けなくなり、私は手を膝について肩で息をする。
そして私は呼ばれたかのように上空を見上げた。
そこにあったのは巨大な目玉だった。
その目は何の感情もなく、ただ私を観察しているようだった。
ふと、その目が見覚えのある人のように感じた。
あれは、〇〇の目じゃないか?
そう思った瞬間、黄色の世界は弾けるように真っ白になり、私は意識を失ったのだった。
朝目が覚めると、私は自分の部屋のベッドにうつ伏せで寝ていたようだった。
妙に体が重く、寝汗がひどかった。
変な夢を見ていたようだ。
そう思って朝食を摂り身支度を整え、出勤しようと玄関に向かった。
そこには、いつもなら帰宅してすぐ揃えているはずの靴が乱雑に脱ぎ捨てられていた。
ガラス窓は明るい朝日に照らされて輝いている。
昨日の夜は、綺麗な満月。
それだけは確かだった。
了
最初のコメントを投稿しよう!