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第23話 一難去って
さっきまでの騒がしさから一転、静けさに包まれた舞踏会場は誰も身動きできない状態だった。
取り巻きを引き連れて会場を出た宰相は、私財も没収されたというのに、どうやって戦を仕掛けようというのか。領地も失い、挙兵するにしても拠点はないはず。それなのに、堂々とした足取りで憂いなど微塵も見せなかった。
不安から暗く沈む私に、殿下の腕が優しく回される。まだ殿下の方が背も低いから、腰元に抱きつく形になってしまっているけれど。
「リージュ、よく頑張ったね。ありがとう。かっこよかったよ。さすが、僕の花嫁だ」
見上げてくるその笑顔は、偽りなく誇らしい。寄せてくださる信頼が気恥ずかしくて、視線を外してしまう。失礼な態度をとってしまったのに、殿下は嬉しそうだ。
「ふふ、可愛い。まだ照れてるの? 早く慣れてもらわなきゃね。そのためにも、一緒の時間を増やそう。夜は絶対離宮に帰るから。寝室も一緒がいいけど……それはもう少し我慢かな。僕の方が耐えられないや」
明るい声で仰るけれど、私を気遣っての事だと分かる。殿下だって、いつもは王城での執務が主で、主犯の館に乗り込んでの捕り物など初めてだと従騎士が言っていた。それなのに、私を怖がらせないように気丈に振舞ってくださる。
こんなに優しい殿下が、あの宰相を相手にする事が不安で仕方がない。負けるとか、そういうものではなくて、宰相の悪意に心身を蝕まれるが怖いのだ。
殿下は既に十三歳。今日を持って正式に立太子された。王太子として認められた立場では、戦場に出ないという選択肢は無い。王国の御印として先頭に立つのだろう。
それを思うと手が震える。私が余計な事をしたせいで、戦に発展したのではないかと。けれど、殿下は優しく手を取り、温かい言葉をかけてくれた。
「怖い思いをさせてしまったよね。本当なら、祝いの席だったのに。ユシアンの動きが思ったよりも早くて、こんな事になってしまった……僕の見通しが甘かったんだ。ごめん」
私は首を振るしかできなくて、小さな体にしがみつく。
「大丈夫。また機会を設けるから。その時は邪魔者はいない。リージュが気に病む必要はないんだよ。安心して、僕は死なない。君を残して死ねる訳ないでしょ?」
殿下には、私の心など見透かされているみたいで、欲しい言葉をくれる。背中を撫でる手に、少しずつ落ち着きを取り戻していった。
嗚咽が治まってきた頃、殿下は涙の跡をぬぐうように口づけ、耳元で囁く。
「だって、まだ繋がってもいないんだもの。リージュの全部を貰うまで死ねないよ。君が待つ離宮に必ず帰るから、待っててくれるよね? その時は、もう我慢しない。存分に愛してあげる」
その声はあまりに艶っぽくて、私は思わず飛び退ってしまった。自分でも顔が赤くなるのが分かる。
「あ、あの、殿下……?」
それでも追ってくる殿下はドレスを摘まむと、そっと口づけた。熱を持った瞳で見上げると、柔らかく微笑む。
「逃げられると思わないでね? と言っても、リージュも僕の事が好きでしょ。顔に書いてあるもの。花は……まだか~。あと一輪なのにな。もう一押し必要? じゃあ、やっぱり一緒に寝よっか。我慢できなくてもリージュが悪いんだからね。早速準備させよう。子供は何人欲しい?」
暴走を始めた殿下に私はおろおろするばかりで、ネフィに助けを求めた。でもその顔は自業自得とばかりにツンと澄ましている。違う意味でまた涙が滲んできた。
そこへ助け舟を出してくれたのは陛下だ。こほんと咳払いをすると、呆れたように苦言を呈する。
「アイン、あまりがっつくと嫌われるぞ? 気持ちは分かるが、落ち着け。僕もそれで一時期やばかったからな……って、痛い! 痛いよ! ミーレ!」
陛下は王妃様に腕を抓られ、悲鳴を上げた。それを横目に王妃様も会話に加わる。
「リージュ、嫌な事ははっきり言っていいのよ? この人達って、一度許したら本当に節操ないんだから。アインなんて、十三になるまで目も当てられなかったわ。朝から晩までリージュ、リージュって。まぁ、それは今もだけれど。貴女に求婚しようとした人達に、どんな手を使ったか知ってる? あれは確かエシュベンド伯爵の……」
そう言いかけた王妃様を殿下が慌てて止めた。こんな殿下、初めて見たかも。物珍しさに、私は黙って親子のやり取りを眺める。
「は、母上! それは言わない約束でしょ!?」
アインという愛称で呼ばれる殿下と、それを揶揄う王妃様。妹君お二人も加わって、まるで喜劇のようなやり取りに笑みが零れた。
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