第2章 百花繚乱

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第25話 ︎︎賢者  再びイオハ様を見ると、顔を真っ赤にして(いきどお)っていた。 「何を訳の分からない事を! ︎︎そんな、まるで……まるで魔法のような力を持っていると、仰るのか? ︎︎神の使徒である私にも、そんな力は無い! ︎︎我らを(たばか)るのであれば、兵をお貸しする事などできませぬぞ!」  それはきっと、この場にいる人達の代弁だろう。来場者の中で、一番身分が高いのがイオハ様だ。本来であれば、イオハ様から陛下への直訴は許されない。でも今この場は、半分軍議と化していた。  主な貴族が集まり、軍部の上層部も列席しているから、再度徴集(ちょうしゅう)するよりも都合がいい。  相手が国家になってしまった以上、私兵や民兵も必要になってくる。王城にも騎士がいるけれど、大規模な戦には心許(こころもと)ない。出兵に全てを割けば、王都が手薄になり隙を作ってしまうからだ。  今は春を迎え、これから農繁期に入っていく時期。徴兵されるのは主に男性だから、農家にとっては痛手となる。  そんな状況なのに、夢物語のような根拠で戦を起こされでは、たまったものではない。  皆の視線が集中する中、陛下はにやりと笑った。 「私達の事は、クムトに聞けば分かる」  唐突に出た名前に、イオハ様は呆けている。それは私も知らないものだった。ここで出てくるという事は、教会に関係する人物なのだろうけれど、歴代の名鑑でも見た覚えはない。  他の貴族達も皆一様に首を傾げている。それを見下(みお)ろし、陛下は自慢げに足を組みかえた。 「なんだ、大司教なのに知らないのか? ︎︎信用されていないのだな」  揶揄(からか)いも含んだ言い方に、イオハ様は顔を真っ赤にしている。私の横では殿下が、王妃様や妹君達も揃って笑っていた。このご家族は結構イタズラ好きみたい。 「殿下もご存知の方ですか?」  そう問いかけると、とんでもない言葉が飛び出す。 「うん! ︎︎王族は面通しするのが慣例なんだ。クムトっていうのはね、パルダ・グイエの教祖だよ。世界中を巡った賢者で、もう五千年は生きてるって言ってたかな? ︎︎その旅でカーナムーシェにも会ったみたい。その時に神託を受けて、パルダ・グイエを興したんだ。精霊王にも面識があるって。この国の建国にも関わってるみたいだよ」  殿下は何気なく話しているけれど、それは歴史も揺るがす事実なのでは……?  魔法が絶えたのは千年前。当時を知る、正に生き証人だ。精霊や精霊王の行方も知っているのかも。  殿下は更に続ける。 「建国当時は、誰もが知ってる人物だったんだ。でも、魔法と同じように時代と共に忘れられていった。ほとんど表には出てこないからね。今は王都の外れに住んでるよ。そんな人物を神殿の、それも大司教が知らないって事は、そういう事でしょ?」  最後は皮肉を込めて、イオハ様に投げかける。この場にいる誰もが驚愕を浮かべ、二の句を繋げない。それもそうだろう。ともすればお伽噺(とぎばなし)の類と取れる。  馬鹿にされたと思ったのか、イオハ様は食ってかかった。 「陛下! ︎︎そのような出任せを信じるとでも思っておいでか!? ︎︎賢者などと、(たわむ)れがすぎます! ︎︎そんな話し、聞いたこともない……! ︎︎これ以上私を愚弄するのであれば、我らパルダ・グイエの助力は必要ないと捉えますが、宜しいか?」  イオハ様は確実に怒っている。聞きようによっては、主神さえも貶める言い方だ。カーナムーシェは天上の存在。その尊いお方が地上に現れるなど、教義上あってはならない。まして、大司教の立場でその事を知らされていないとなれば、自尊心を強く傷つける。  これが原因でパルダ・グイエの神兵が得られなければ、兵力が(いちじる)しく下がってしまうだろう。そうなっては、宰相を打つ事も難しい。睨み合う陛下とイオハ様を、私達は固唾を呑んで見守った。  その時。 「教皇聖下がお出ましになりました」  会場に響く騎士の声に、皆が一斉に振り返る。そこにいたのは小太りな初老の男性。教皇、と言っていたけれど、面識のない私には判断がつかない。  でも、他の貴族達は違った。一列になって脇に退くと、一本の道ができあがる。教皇はその道を堂々歩いて……こない。私が疑問に思っていると教皇は腰を折り道を譲った。  これは、もしかして。 「やぁ、ゼネアルド、久しぶり。皆も元気?」  教皇の背後から現れたのは、いかにも軽薄そうな青年だった。
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