第2章 百花繚乱

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第28話 ︎︎咲き誇るは恋の花  海洋国家ルーベンダーク。  その名の通り、大洋に面し漁業と共に海外との交易が盛んな国だ。移住者も積極的に受け入れ、異国情緒に溢れた街並みは、観光名所にもなっている。避暑地としても人気で、郊外には貴族の別荘が建ち並んでいるらしい。  らしい、というのは私は行った事がないから。それでみ、伝え聞く噂は憧れを抱くには十分だった。商人が運んで来る雑貨や絵手紙は、フェリット領でも人気だ。  このままでは、そんな国が戦場になってしまう。その被害は、国交のある諸外国にも及ぶだろう。交易が滞り、価格が上がる。カイザークも他人事ではない。ルーベンダークからは魚介や塩などを輸入しているから、国民には大打撃だ。  そうなった時には、宰相が玉座にいるという事。敗戦した王族は断頭台に送られ、協力した派閥も道連れとなる。  両陛下は勿論、殿下や妹君達も。  当然、私は殿下に殉じる。  でも、その後は?  国は、民はどうなるのか。あの宰相の事だ、きっと善政とは掛け離れた法を作るはず。  陛下や殿下もそう考えているのだろう。神妙な面持ちでクムト様を見ている。教皇や、他の貴族達も表情が暗い。そんな中で、陛下が意を決したように宣言する。 「我らカイザークは、全力を持ってアックティカを迎え撃つ。総指揮官は騎士団長ハイゼ・ホーグ。各領主は速やかに徴兵、王都へ集結せよ」  騎士団長が前に出て敬礼をすると、すぐさま(きびす)を返し、駆けていく。それに(なら)い、貴族達もそれぞれに走った。  それは、感じた事の無い空気を生み出す。ビリビリと肌を突き刺し、息をするのさえ困難な重い空気。殿下も私の手から離れ、陛下やクムト様、大臣と評議している。  私には、すぐそこにいる殿下が遠くに感じられ、心がざわついた。  ――殿下、殿下が行ってしまう。いや……いやよ。  行かないで。  そう言ってしまいそうになる唇を両手で覆い、必死に耐える。これはただの我儘(わがまま)だ。王太子妃となるべき者が言っていい事じゃない。  私は笑顔で殿下を送り、帰りを信じて待つだけ。そして、遠見の力で陰ながら支える。私の力も、戦力に数えられているんだから。  頭ではそう分かっていても、感情が追いつかない。殿下に出会ってまだ五日。五年前にも出会っていたけれど、覚えていないから、実質的には五日だ。その間に殿下に恋をして、幸せな時間を過ごした。  それなのに、殿下が死地に行ってしまう。私に止められるものではない。殿下が時期国王に決まっている以上、今後もこんな思いをするのだろうか。  ――怖い。  言いようのない恐怖が身を犯し、視界が滲む。  私の異変に気付いたのか、殿下が戻ってきて、そっと肩を抱いてくれた。ゆっくりと背中をさすり、優しい声で語りかける。 「リージュ、ごめんね。せっかくの婚約発表が台無しだ。でも、嬉しくもあるんだよ。そんなになるほど、僕の事を想ってくれてるんだね。でもさっきも言った通り、僕はちゃんと帰ってくる。そして君と結婚して、幸せな家庭を築くんだ。結婚式は盛大に行おう。民もきっと祝ってくれる。だから、泣かないで」  嗚咽が止まらない私に、殿下は何度も大丈夫、大丈夫と繰り返す。そして不意に、私の手を掬いとった。 「ほら、見て。綺麗に咲いたよ」  そこには満開の可憐な花。  ああ、そうか。  私はもう、こんなにも殿下を愛していたんだ。
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