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第37話 引き継がれる災い
私達の話しを聞いて、騎士団長は納得してくれた。他の騎士への橋渡しもしてくれると約束してくれて、一人ずつ呼び出すより招集した方がいいと提案してくれる。
「その時は僕も同席するよ。騎士団には独身も多いからね。不届き者が出ないように、よく言って聞かせておいてよ」
殿下がそんな風に口を挟んでも、軽くいなしていた。遠見で視た時もそうだったなと思い出す。お飾りの御旗と揶揄されようと、時に励まし、時に厳しく指導してくれていた。殿下に戦場の『いろは』や王族の立ち居振る舞いを教えこみ、生還させたのは騎士団長のお陰と言ってもいいかもしれない。まさに騎士団の長として相応しい人だった。
そして口を尖らせる殿下を放って、居住まいを正すと真剣な目で私を見据えた。
「そこまでお考えという事は、妃殿下はまた戦が起こると危惧されておいでなのですか?」
騎士団長の言葉に、殿下もふざけるのをやめて、こちらに視線を送る。私は頷き、確認するように考えを口にした。
「はい。現在、アックティカは兵力が激減しております。ジュナ大平原での戦ではカイザーク四万に対し、アックティカは二万。その内の一万強を傭兵が占めます。この兵力差で七ヶ月も戦が続いたのは戦術に大きな隔たりがあったからです。騎士団長は私よりもお詳しいでしょう? 騎士は正々堂々と名乗りを上げ、騎馬で戦場を駆けます。しかし、傭兵は勝てばよいのです。どんな手を使っても」
騎士団長も憂慮していたのか、頷いて返してくれる。殿下も苦々しい表情で、同じように頷く。傭兵には散々な目に遭わされたのだから、その心労も分かる気がする。
ジュナの戦では、まず馬が狙われた。宵闇に紛れ、数度に渡って殺された馬は半数近い。傭兵は様々な専門家の集まりだ。夜目の利く盗賊や毒に秀でた薬師などがいる。それでもやはり人気なのは剣士だろう。一番功績を上げやすく分かりやすい。剣士も、戦い方は自由奔放。一対一を旨とする騎士とは違い、複数人で襲い掛かり、背後からの攻撃も意に介さない。仲間を助けようと援護に入ると、またその背後から襲われる。騎士は鎧を身に着けているから命は助かったとしても、可動域である関節部に傷を負う者が多数出ていた。
アックティカが大きな戦を起こしたのは、この時が初めてだった。それまでは嫌がらせのように陣地を削り取るのが関の山だったから。国自体は大きくなく、ザーカイトの国土半分にも満たない。民は皆農業に携わり、正規軍は五千を下回る。今回の兵力がいかに外部に頼っていたのかが窺い知れた。
しかしだからこそ、まだ油断ができないのだ。傭兵はお金を積んで兵を集める。貧困に喘ぐ人にとっては、またとない好機だろう。特に若い人が飛びつく。刺激を求め、またはお金や地位を求めて。孤児もいい標的だった。ただ同然で手に入る捨て駒として重宝される。
傭兵は集団で行動するから、元締めが交渉に当たる。大きな傭兵団ともなれば町を持ち、専門知識を教え込まれ、派遣されていくという。その人達を雇うとなれば、相応のお金が必要になってくる。
宰相亡き今は、アックティカにそれほどの財源は無いと思いたいけれど、気がかりは宰相の残した私財だ。開戦宣言の日、すぐに公爵邸に監査が入ったものの、既にもぬけの殻。美術品や家財に至るまで移された後だった。
そして、甥のピエット・ガドネ伯爵。殿下が言っていた、宰相が王太子に据えようとしていた人物だ。彼が今、アックティカにいる。宰相を遠見した時に、いつも傍にいたから確かだ。宰相はピエット伯爵を養子にしていた。そして、同じ思想の持主。
火種はまだ、燻ったままだったのだ。
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