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第42話 睦言
薄い光が窓から差し込んで、薪の爆ぜる音で目が覚めた。身動ぎすると、大きな腕が背中に回され、暖かな体温を感じる。ふわふわとした感覚で顔を上げると、殿下が私を覗き込んでいた。
「……」
まだぼやける視界で見る殿下は美しく、そして優しい。そのまま何も考えずに抱きつくと、笑う声が聞こえてきた。
「ふふ、まだ寝てるの? もうお昼だよ」
――……お昼……。
「っ!」
一気に覚醒した私の意識に飛び込んできたのは、一糸まとわぬ殿下の姿。布団で隠されているとはいえ、逞しい上半身が目の前にあった。慌てて飛び退るも、私を隠すものもない事に気付く。そして、鈍く痛む下腹部に一瞬動きが止まった。そこへすかさず殿下の腕が伸びてきた。
「だーめ、まだ逃がさないよ。昼食は部屋に運ばせるから、ゆっくりしていようよ。体は大丈夫? 無理させたよね、ごめん。少し意地悪もしちゃったけど、でも後悔はしてない。僕を感じてくれているのがよく分かったから、嬉しいんだ。女性を抱くなんて初めてで、上手にできるか不安だった。リージュが痛い思いするのは嫌だったしね」
私の髪を撫でながら、殿下は囁くように言葉を紡ぐ。情事の最中も、幾度となく気遣いの声をかけてくれた。私のいい所を探す殿下は意地悪だったけれど、時間をかけて体を慣らし、やっと繋がった時はとても嬉しそうで。好きな人と繋がるという事は、こんなにも幸せなのかと涙が零れ、まさに至福の時間だった。
殿下は何度も私を求め、最後の方はよく覚えていない。醜態をさらしていないかと不安が過る。
「あの、殿下。私、変じゃなかったですか? あんな、はしたない声が出てしまって……嫌われていないか、不安で……」
正直、上手い下手は分からない。だって初めてなんだもの。こんな事、両親とも話す機会なんてないし、一応嫁ぐ上での必須事項として習ってはいたけれど、実技なんてある訳もない。ただ書物で得ただけの知識では、何が正解か分からなかった。
だから、正直に伝える。しかし待っても返事はなく、ちらりと殿下を見ると何故かむくれていた。
「殿下……?」
どうしたのか問おうとすると、いきなり額をぶつけてきた。そのままの体勢で、じとっと睨みつける。
「その殿下ってやつ、やめてって言ったよね? 何て呼ぶんだっけ?」
その言葉に、私は喉を詰まらせた。最中に何度も教え込まれたその名前は、微かに覚えてはいるけれど、快楽で朦朧とした頭ではそれどころではなかった、というのが本音だったりする。
額を合わせたまま視線を逸らす私に、殿下はまた意地悪をし始めた。
「は、ぁ……っ」
頂を責められ、まだ残っていた熱に火がともる。
「君はリリーって決めたよね? 僕だけの名前。じゃあ、君だけの名前は? 言ってごらん? 言わないと、メイドに恥ずかしい姿見られちゃうよ?」
なおも責め続けられ、あられもない声が漏れた。もう陽は高く、明るい室内では殿下の顔も体もはっきり見える。昨夜は薄暗い中だったからまだよかったのに。こんな状態で責められて、体は過剰に反応する。
「あれ? もしかして、見られる方が感じるのかな。はっきり見えてるよ、君のいやらしい顔。はぁ、可愛い……好き……大好き……ねぇ、君の声で呼んでよ。僕の名前、君だけの僕を」
するりと手が下腹部へと降りていく。その時、私の私室へと続く扉の方から、物音が聞こえてきた。きっとネフィだ。このままじゃ……。
「だ、だめ、殿下、ア、アル!」
私は何とか思い出した名前を叫ぶ。陛下達とは違う、私だけの名前。
それを聞いて、殿下は可愛らしく微笑んだ。
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