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薄く開いた窓から、光がこぼれる。腕立て伏せの姿勢から少しだけ目線を上げると、古びた板の間にレースのように零れた光の雫がちらりと弾んで、視界に踊る。こういう景色を眺めていると、いつも故郷を思い出す。美しく、しなやかに、どこまでも繊細に舞う巫女の白い指先に降り注ぐ、木漏れ日の粒を思い出す。
おれの周りには、ずっとずっとそんな「舞」があって、期待があって、言葉があった。それはガラスケースの中で咲き誇る花のようで、触れれば溶ける砂糖菓子のようで。
おれの手の中には落ちてこない、綺麗な綺麗な造りもの。でも、それでいいのだ。今のおれの手は、きっと、そんな優しい色彩も握りつぶしてしまうだろうから。
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「琥珀さん」
日課の筋トレが佳境にさしかかったとき、聴き慣れた声が戸口から響いた。この家にあるあらゆるものの中で一番明るい、そんな声だ。腕立ての回数を見失わないように慎重に顔を上げると、これまたいつも通り、あきれ顔でこちらを見下ろすまだどこか幼い表情があった。
「またやってるんですか? そんなに鍛えて一体どこを目指すんですか……」
やれやれ、というように腰に手を当て、茶色のくせっ毛を揺らしながらおれを眺める少年。華奢な身体には少しだぶついて見えるTシャツとジーンズ姿で、黒いどんぐり眼は言葉よりは幾分柔らかい表情を見せてくれている。
特に約束をしているわけでもないけれど、だいたいいつも同じ時間にこの時間に訪ねてきては、家事を手伝ったり予定の確認をしたりしておれの世話を焼いてくれる。彼はおれを「琥珀さん」と呼び、おれは彼を「朱雀」と呼んでいる。
「別にどこも目指さないけど」
腕立ての体勢から起き上がり、ふーと息をついてから朱雀に返事をすると、彼はさらに目じりを下げて深いため息をついた。
「それはそれでどうかと。目指すものもなく、毎日6時間もトレーニングできる神経を疑います」
「6時間……。そんなにしてないと思うけど」
「はぁ……。ま、いつものことなのでいいです。それより今日、館に顔出さなくてよかったんですか?」
「あ……忘れてた」
起き上がり、微かに滲んだ額の汗を手の甲で拭いながら呟くと、朱雀は恐ろしい怪奇現象でも見たかのような表情でおれを見返した。
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