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野球部の部室のニオイ。
高校時代、マネージャーだったみのりは何度も行き来した。
女子マネージャー数人で、部室の物品整理をしたときの記憶が、鮮やかによみがえる。
何これ、男クサ、ってきゃーきゃー言いながらも楽しんでいた。
夏の風、カーンとグラウンドに響き渡るボールの音、汗だくの雅也に手渡した、ペットボトルの冷たい感触。
部屋の中にいるのに、頭上には果てしなく高い青空が広がるみたいだ。
みのりは再び液晶画面に視線を落とす。
雅也からのメッセージをたどる。
【みのり。添付したスメル、もう開いたかな。
いきなりでびっくりしたよな。
でも俺は、これをみのりに届けなくちゃと思った。
五感の中で、嗅覚がいちばん忘れにくくて、記憶に残るものなんだって。嗅覚って五感の中で唯一、脳みそと直接つながっているらしい。
一樹が教えてくれたことなんだけどな。
それで、高校時代の思い出、あの頃の気持ちがよみがえるんじゃないかと思って。
さっき野球部の後輩に喝を入れに行きがてら、部室に入らせてもらったんだ。
俺は不器用でも、一生懸命でまっすぐなみのりが好きだよ。
新しいものに目がなくて、流行に敏感で、好奇心旺盛なところ。
たまに調子に乗りやすいところ。
実は人一倍、へこみやすくて、まわりの目を気にしちゃうところ。
ごめんな、俺も忘れてたよ。
もし、心ない言葉で傷つけていたらごめん。
嫌な思いをしたら、これからは遠慮なく言って欲しい。
そのままのみのりでいいから。
ニオイで取りつくろわなくていいからな。
明日は一緒に楽しい思い出をつくりに行こう】
考えに考え抜いたであろうメッセージのあと、可愛らしくつけられたニコニコ絵文字。
雅也が、いったいどんな顔をしてこの文章を送ってきたのか。
それに後輩の部室にだって。どうせ一樹くんと一緒にやいのやいの言いながら、面白半分に押し入ったに違いないのだ。
それを想像するとおかしさが込み上げてきて、みのりはお腹を震わせながら、涙を拭う。
もし今この瞬間に匂いがあるとするなら、ずっと覚えていたいな。
心の中で呟きながら、そっとアプリを閉じた。
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