どこでもスメル from みのり

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どこでもスメル from みのり

ふと鼻をかすめた臭いに、みのりは「あっ」と小さく声を上げた。 慌てて立ち上がってキッチンへ向かう。視聴中のドラマを一時停止させるのを忘れたけれど、今はそれどころじゃない。 「ギリギリセーフ……じゃ、なかったかぁ。やっちゃったな。ホントサイアク」 フライパンの上には、じわじわと音をたてながら全体的に黒っぽくなった、ぶりの照り焼きがふたり分。 ソースはもう一度つくり直せる。 焦げている部分は菜箸(さいばし)で削って形を整えれば何とかなる。 問題は、若干焦げた魚からただよう臭いだ。 夫の雅也(まさや)は鼻が敏感だから、このツンとした(すみ)臭さを感じとるだろう。 そしてきっと、こう言うのだ。 おいおい、どうしてこうなった? フライパンを見張ってればいいだけの料理じゃん。 雅也の苦笑いが容易に想像できる。 ささいなことのはずなのに、胸がずんと重くなる。 「でも……まだ大丈夫。私にはこれがあるから」   みのりはポケットからスマートフォンを取り出した。 頼みの綱、「どこでも smell(スメル)アプリ」をタップする。 アプリ「どこでも smell(スメル)」ーー場所や時間を問わず、希望の「ニオイ」を届けてくれる。 たとえば、海辺の潮風の香り。 秋のはじめの胸がきゅっと切なくなる香り。 動物園や牧場にただよう獣臭。 人によって好き嫌いが分かれそうな、タバコの煙の臭い。 仕組みはよく分からないけれど、アプリ内でキーワード検索すると、AIが希望どおりのニオイを探してすぐさま提供してくれる。
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