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〝ぶりの照り焼き ほかほか いい香り〟
検索欄に入力すると、ピポン、と軽快な音が鳴る。
専用アクセサリをつけたスマートフォンを、焦げた魚にかざす。スマートフォンのカメラが対象物を認識したらーー。
さっきまで焦げ臭かったぶりの照り焼きが、あっという間によだれが垂れそうないいニオイへ早変わり!
無料版でもそこそこ楽しく使えるが、ニオイの種類が少ないため、みのりは月額700円の有料プランを利用している。開発されたのは去年の夏頃だったが、テレビで取り上げられたことをきっかけに、若者世代を中心に爆発的な流行をみせた。
「いいニオイだねって、褒めてくれるといいなぁ」
そうだ。アプリを立ち上げたついでに、こんなニオイも検索しておこう。
今度は〝布団 干したて お日様の匂い〟と入力する。
梅雨どきは雨が続いて困る。
内も外も湿った空気でどんよりして、なかなか外干しできない布団や洗濯物。心なしか、カビ臭いような気さえしてしまう。
もちろんアプリを使ったとしても、干したての布団みたいなふかふかな感触が得られるわけじゃない。でも「どこでも smell」を使えば、せめてニオイだけでもふかふかにできる。
布団乾燥機を使ってもいいのだけれど、押し入れの奥から出すのは面倒だし。起動したら起動したで布団をふんわりさせるまで、数時間かかる。
この手間を考えれば、スマートフォンをちょいちょいといじって快適空間を演出するほうが、はるかに手軽でいい。
「他にも使えるニオイ、ないかなぁ? あ。これとかちょっと気になる」
家の中を自分好みのニオイで満たすと、なぜだか心が落ち着いた。
アプリが開発されるまでは、鼻が敏感な雅也のために暑い夏でも窓を開けたりして、換気を怠らないようにしていた。その嗅覚は犬並なの、何なのって心の中で悪態をつきながら。
部屋の隅でぼうっとスマートフォンの画面を眺めていると、仕事を終えた雅也が帰ってきた。
みのりはさっと笑顔をつくる。
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