スメルの氾濫 あふれる想い

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スメルの氾濫 あふれる想い

「どこでもsmell(スメル)」ーー最近、妻のみのりがハマっているアプリだ。 このアプリが世に出てから、世間一般に広まるまで、本当にあっという間だった。 個人の利用はもちろんのこと、商業的な利用価値も高いからだろう。 たとえば客足が遠のいているパン屋を流行らせたいと思ったら、店先を美味しそうなニオイで満たせばいい。あれいい香り……なんて立ち止まってもらえたらこっちのもの。ガラスショーケースに並ぶ焼きたてパンが目に飛び込んでくる。 演劇や、ライブなんかの大型イベント。 ここでも舞台装置として活躍するだろう。シーンに合わせたニオイで、観客の気分が盛り上がること間違いなしだ。 みのりがその魅力に取り憑かれてしまうのも頷ける。 だけどーー。 「俺はどうしても! あの人工的なニオイは受けつけないんだよっ」   みのりのつくったぶりの照り焼きを食べた翌日、仕事帰りに同僚の一樹(かずき)を誘って居酒屋へ行った。 かんっとカウンターテーブルに押し付けたグラスの中で、氷が涼しげな音をたてる。 「雅也。お前、昔っからそうだったよな。人が気にしない臭いも気にするタイプ」   「そうだったっけ」   「そうだよ。天然温泉の民宿に泊まったとき、硫黄(いおう)臭くて入れねーってシャワーだけで済ましたのは誰だ? せっかく山奥まで車飛ばして行ったのに、ありゃないわ。それに悪気はないんだろうけど、『お前今日汗臭くね?』とか言ってヒト傷つけたりもするしさ。ちょっとなーって俺思ってたよ」   「それ、高校卒業から10年も経って言う話じゃないだろ。もっとはやく言ってくれよ」 一樹は仕事仲間だが、高校時代の同級生でもある。さらにいえば同じ野球部のメンバーだった。腐れ縁が続いて、まさか同じ会社に就職するなんて、当時の自分が知ったら白目をむくだろう。 ちなみに、妻のみのりは野球部のマネージャーだった。彼女とは高校三年生の夏に付き合い出して、社会人になってから結婚したのだ。
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