本編

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「一花です。水割りでよろしいでしょうか」 花と言えば向日葵と紫陽花くらいしか 思い浮かばない俺がまさか源氏名に花という 漢字をつけるとは思いもしなかった。 ソファでお客様に寄り添うように座り、 優しく微笑む俺が身につけているのは、 女性モノの黒のパンツスーツだ。 もともと華奢な体型で、私服にレディースを 取り入れていたから全く気にならない。 ここ、half moonは、 若くてかわいい(←これは重要)男性が 女の子に扮して接客する会員制のスナック。 繁華街から距離を置く場所なのに、 いつも予約でいっぱいなのは たぶん俺を含めた魅力的なメンバーが お客様を大切にしているからなのだろう。 バイトを始めてまだ3ヶ月だが、 大学の講義が終わってすぐ、 まっすぐここにやって来ては準備をする。 そしてひとたび開店すれば さまざまな境遇のお客様の価値観に触れ、 今まで勉強ばかりだった自分が いかに小さく狭い世界で満足していたかを 自覚させられている。 まさに成長の場なのだ。
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