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「俺と一緒だから…?そうか…なんか嬉しいよ。」
と、紳士な反応をする俺。
いいか?現在非モテ街道をまい進している若い衆。
この時の俺は勘違いしていたんだよ。
かっこいい男はガッツかない、紳士的に振る舞うことこそが真の男なりとね。
だがな?この年齢になり俺は思うわけだ。
ガッツかない男は男なり、されど雄にあらず。
紳士的な真の男はすでにかっこいいのだ。
つまり何が言いたいかというと、「非モテはガッツかなければきっかけすら掴めず、紳士的に振る舞うのが許されるのはきっかけを掴んだ者だけ」ということだ。
タイムマシーンでこの時の俺に今の俺が会えるならばそう説教をするだろう。
話を戻す。
「彪流さん…。」
濡れた視線は俺の体ではなく、心に突き刺さっていく。
余りある性欲のその更に先を刺激してくるのだ。
そして下田綾子は顔をくしゃくしゃにして笑った。
『触れたい。この宝石に。』
貧しい家庭で生まれ育った俺だ。
宝石、貴金属なんかこの頃触れた事もない。
それなのに下田綾子を宝石と例えてしまうくらい思考がバグっている。
レクレーションなどで手を握ったりした事はある。
だがそこから先へ行きたいのだ。
歩く度に軽やかに踊る髪、揺れる豊満な胸、視覚的に見ても分かる柔らかさを誇る腕、そのどれか一つでもいい。
いや、明らかにヤヴァイ部位を挙げているが…?
俺はロビー横のボンボン時計に目をやると、時間は間もなく午前十時。
俺はすくっと立ち上がり、思い切って下田綾子の脳天に手のひらを当てた。
そして何度か撫でる。
その髪は見た目通り摩擦抵抗を感じないくらい艶々で軽い手触りだ。
「さぁ、寂しいなんて言ってらんねぇよ?子ども達が来る。飲み物もう一杯奢ってやろか?甘いやつ。」
下田綾子は嬉しそうにはにかんだ笑顔で俺を見上げて首を横に振った。
「んん。大丈夫。太っちゃうし。ンフフフ。」
俺はその神々しい笑顔に思わず手を離してしまった。
下田綾子はサッサと両手で髪を整えた。
軽く何度か手ぐしを通すだけで美しく整うその髪を「宝石」と例えた俺は間違っていなかったかもしれない。
下田綾子は髪を整えるとすくっと立ち上がった。
「彪流さん、もうあたし大丈夫。いつもの綾ちゃんです!彪流さんこそ眠れたの?大丈夫?怖くて眠れなかったんじゃないの?子ども達にお兄さん怖くて眠れなかったぁ~って言ってたの冗談じゃないでしょ?」
おおっと…言葉通りいつもの下田綾子に戻ったようだな。
「お出迎えすっか。そろそろ来るだろ。」
「うん!お外行こ!」
俺達は歩いて外へと向かった。
夏の光の中へ歩いていく。
かけがえのない瞬間だ。
何に対しても中途半端だった俺が学生時代唯一その実感を味わえた「青春の一コマ」である。
客観的に見てもこの瞬間だけはちゃんと青春をしていた気がする。
ちゃんと職務を全うしていれば必ず神は微笑むはず。
ガキの時分、いつも教えられてきた言葉。
真面目に取り組んでいれば必ず見てくれている人がいて、それを評価し、それを認めてくれる。
俺は愚直にそれを遂行したまで。
俺は心に決めていた。
思いを告げるのはこの団体を卒業する時だと。
だから今は精一杯この瞬間を楽しもう。
だから今は精一杯この時間を味わおう。
俺はこの日から邪念を捨てた。
部活、ボランティアに励んだ。
そのおかげもあってか、部活では上部大会出場を果たし、ボランティアにおいても県教育委員会主催冬季研修スタッフにも抜擢された。
これは邪念を捨てて懸命に取り組んだからだ。
そう、邪念を捨てた。
邪念を捨てたはずなのだ。
邪念を捨てた、俺はそう思っていた。
だが俺は、確実に登っていた。
鈍らの刃を鈍く光らせた断頭台へと。
俺は首を突っ込んでいた。
そして刑執行が迫る。
次ページより刑執行。
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