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「え…?」
俺は固まってしまった。
県教育委員会主催冬季研修会最後の夜、最終見回り班の相方、愛ちゃんの言動に全て持っていかれた。
「こ、怖いの…た、彪流さん、なんかここ怖いの…嫌なの…だから…ついて来て?お願い…。」
愛ちゃんは俺の正面に立ち、俺の両手を握ってきた。
何と愛ちゃんは俺にトイレに同行してほしいというのだ。
「あ、あの、別にいいけど…。俺じゃなくてもよk…」
「皆んな寝ちゃってるの!琴美ちゃんも!美奈ちゃんも寝ちゃってるでしょ!だから!」
「声でけぇよ!深夜だぞ!?ついてくから…ね!?行こ!早く!」
小声で怒鳴る俺の片手を握り、内股で小走りする愛ちゃん。
確かに愛ちゃんが言う通り今回の研修施設は何やら不気味な雰囲気だった。
俺は霊感など無いが、「あぁ…よく分からんがコレはなんかいるわ…」みたいな雰囲気は脳筋角刈りおじさんもどき高校生でも分かるくらいの雰囲気だ。
深夜の、しかも最後の見回りということでちょうどモノノケどもが蠢くであろう時間だ。
トイレにたどり着いたが、愛ちゃんは俺の手を離さない。
「着いたよ、ホラ。」
「ホラじゃない!中まで!早く…うっ…して…?」
↑このセリフ吐かれて正気を保てるか?
「中まで」だぜ?
お腹を押さえて苦しそうにする愛ちゃんを放っておくわけにはいかない。
「分かったよ!分かった分かった!」
俺は女子トイレに同行した。
慌てて個室に入る愛ちゃん。
初めての女子トイレにやや興奮…あ、いや、何でもない。
「彪流さん!いる?ちゃんといる?」
「いるよ、大丈夫だから…。」
チョロチョロと尿が便器を叩く音が響いた。
「ハハハ…彪流さんあたしお嫁行けないわ…。」
「…。」
「彪流さん、いるの?返事してよ!」
「いるよ、大丈夫だ…。」
「ん…もう…もう、もういいか…んん!」
愛ちゃんのいきむ声がすると、その音がしてそれが便器を叩く音が響いた。
そして臭いが立ち込め始めた。
「あ…んん!」
愛ちゃんの気合い一閃、更に大きなその音がしてボチャンと大きな音がした。
「絶対お嫁いけない…。どうしよ…ハハハ…。彪流さん、もらってくれる?なんちゃって…。」
立ち込める臭気と極度の寝不足、そして扉一枚隔てた向こうであられもない姿で排泄と行為をしているこの状況だ。
「愛ちゃんのこと好きだし…何も問題ない。」
・・・
(*´・ω・)(・ω・`*)
( ・ั﹏・ั)( ・`ω・´)
(。-ω-)zzz. . . (。゚ω゚) ハッ!
「え…?ンンン!」
愛ちゃんは更にいきみ、その音が響いた。
「ん…はぁ…あ…ん…彪流さん…何て言ったの…?」
「…。」
「彪流さんてば!!」
この時の感情、実はあまり覚えていない。
人に思いを告げるってこんなものなの?みたいな感覚だったし、それに対しての感情はまるで記憶が無い。
ただ一度出たものは元には戻ることもないし、次から次へと溢れ出てくるものだ。
う◯こだけに…
「好きだよ?愛ちゃん。こんなシチュエーションで言われてもね、困るだろうけどさ。俺は愛ちゃんが好き。」
カラカラカラとトイレットペーパーを出す音がして臀部を拭く音がした。
そしてすぐに愛ちゃんの声がした。
「な…なんで…。」
僅かに怒りを含んでいる口調に俺は驚いた。
なんで?とはどういうことだ?
個室から出た愛ちゃんは涙ぐんでいる。
そのまま俺の横を通り、手洗い場で丁寧に手を洗った。
「あ、愛ちゃん…?」
「私は恋愛をしにここに来てるわけじゃない。」
愛ちゃんはキッと鋭い目つきで振り返った。
俺は人の怒りというものに耐性があまり無い。
人一倍耐性が無いのだ。
「…。」
俺は何も言い返せない。
「彪流さんのことは凄く尊敬してる。それは間違いない。だけど…そんなんじゃないし…今…こんな時に言うなんて…。」
は?
こいつは何を言っているんだ?
さぁ皆さん、考えてみてくれ。
俺がおかしいのは分かってる。
だけどキレ散らかすような案件だろうかと今改めて問いたい。
「私は幼稚園の先生を目指してる!この活動はその為の勉強!」
「…声デカい。今深夜。」
俺は精一杯の反論をするが、愛ちゃんには届かない。
「それに…それにさ…そんなんじゃないにしてもさ…好きなら好きって…ちゃんとして言ってほしかった…。」
愛ちゃんは泣いてしまった。
あ?寝不足だし、おめぇのク◯の臭いでガンギマリしちまったんだ、だから仕方がねぇだろ?冗談だよ、冗談。本気にしてんなよク◯タレが。
…とは言えないよね。
…いや、言う気も無かったしさ…。
でも愛ちゃんのかわいいところは、怖いのは話が別ってとこだ。
泣きながらも俺の手を握り、震えながらスタッフルームに戻った。
この後の雰囲気は最悪。
地獄の雰囲気だ。
俺は自分で考えていたじゃないか…
俺は職務を全うすると。
それをなぜここで、このタイミングで口走ってしまったのか。
今思い返しても分からない。
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