刑執行

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俺は固まった。 色んなところが… あぁ!いや、なんでもねぇよ。なんでもな…。 下田綾子はこの後更に驚くべき行動をした。 大きなおっpp…いや…。 自分の胸を抱くように、腕を交差させて自分の両肩に手を乗せた。 そして首を傾げて頷くと、俺の脂ギッシュな角刈りの頭、脳天に片手を乗せたのだ。 「かわいいね…。」 俺は耳を疑った。 俺は中学校から急激に老け散らかし始め、高校に上がる頃には夏休みの平日に床屋さんへ行けば「お兄さん、今日雨ですね。仕事休み?」なんて聞かれちまうくらいのレベルに達していた。 でも俺は年上の女性に可愛がられたいという希望欲望願望よく立つ棒(?)を持っていた。 当然そんな容姿なもんだから年上からは相手にされない。 そんな中でコレ…。 年下の女の子にまるで俺が年下みたいに扱われてあげく「かわいい」なんて言われて頭を撫でられるという異常事態の天変地異の地殻変動。 俺はこの時どんな表情をしていたのだろう。 何もリアクションできないし、言葉も発せない。 だけど、きっと今考えるとバブバブしてたんだろうな。 そう確信を持てるセリフを下田綾子は発した。 「無理しちゃって…。冷たいの食べたかったんでしょ?汗びっしょりじゃん?どう?美味しい?」 「う、うん…お、美味しい…ね…。」 「いいコ。もう一個食べる?」 「う…ん…」 幼稚な俺の思考はバグる。 なんでバブバブしてんだ? 俺高校三年生、コイツ中学校二年生。 大人の世界じゃこの年齢差は何も特筆すべきことじゃないが、学生の時分じゃこんなん犯罪だろ。 就職を目前に控えた高校三年生がなに中学校二年生に母性感じてんねん。 キャン言わしたろか。 下田綾子は再度ゼリーの蓋を開けて俺の口元へ持ってきた。 俺はもう壊れていたのだろう、素直にそれを口に入れてゼリーを吸い込んだ。 俺がゼリーを軽く咀嚼していると、また下田綾子は俺の脳天に手のひらを当てて撫で始めた。 「まだ食べる?」 「も、もう大丈夫。ありがと…。」 「ごちそうさま?」 「あ、うん、ありがと…。美味しかったよ。」 下田綾子はニヤリと笑い、俺の脳天に当てた手を何度か動かした後その場から立ち去った。 この衝撃は凄かった。 当時の俺にとっては本当に衝撃的な出来事だった。 今でもこの衝撃は覚えている。 そして何を思ったのかもよく覚えている。 『な、なるほどねぇ…。』 だった。 この思いの深層部分を四十代半ばとなった今、少し考えてみよう。 何が「なるほど」だったのだろう。 考えてみようというものの当時の俺は今よりも更に頭すっからかんの色ボケ状態変化中の脳筋高校生。 そんな奴の思考なんざ考えるまでもねぇか。 少々お下なお話になってしまうが、端的に言うとたぶん 「悪くないな。こういうの。」 って意味なんじゃないかなと思う。 前述の通り俺は年上女性への憧れが強かった。 だがやはり年下好きと自称する学校の先輩やらボランティア団体の先輩やらが言うところの「年下」ってのは見た目が幼く、可愛く、だけど「あらやだ、かわいい顔して体は獣なのね」みたいなんが好みなんだろう。 当然そんなお姉様方からしたら俺なんぞ道の端で干からびてるミミズより不快感を与えるような存在。 相手になんかされるわけがない。 だから憧れは憧れのまま、夢は夢のままと考えていた。 溢れ出る欲望の塊である思春期からその余韻を多く残す高校生までという短い期間で達観しちまうくれぇモテなかったってことよ。 そんな俺が下田綾子から与えられたもう一つの可能性、それが 「あどけなさがある年下の女性から可愛がられる」 という究極のギャップである。 何度も言うが当時の俺は脳筋。 よく分からないが年上は年下を教育し、守るべきだという昭和部活脳だった。 その教育し守るべき存在である年下から愛でられる…。 オイオイ…こりゃあ見つけちまったみたいだな…。 というの全てをコミコミで発生した思いが 「なるほどねぇ…。」 だったのだと思う。 俺の著書を色々と読んでくださってる方なら分かると思うが、俺が交際してきた数少ない女性や、俺に思いを告げてきてくれた女性は妻以外皆年下である。 自覚はまるでないのだが…まぁたぶん…たぶんだよ? たぶん…ホントに見つけちまったんだろうな。 年上女性から相手にされない男が平行世界で見つけた脳汁案件をな。 あずま屋で呆然とする俺は永遠にこのままでいたいと思った。 俺は走り去る下田綾子の背中を目で追った。 人を神々しいなんて思ったのはこれが初めてだ。 このままずっとこうしていたい。 夏の午後は俺の思いを受け入れる事なく、その時間を進めた。
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