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「彪流さん、ねぇ~え。歯磨き終わったぁ?ねぇってば。お〜い。」
ドンドンと部屋の扉をノックする音と、中野祐実の声が聞こえた。
「うるへぇな。も少し待たんかい。」
俺は部屋の奥にある手洗い場で歯磨きをしながら少し大きめの声で応えた。
「私達もう歯磨き終わったし、着替えも終わったから何時でも来ていいよ。」
「あ、うん。はいはい。分かった。」
これだからこのボランティアは辞められん。
あぁコレはこの時の感想ですからね?
時効よ?時効。
俺は歯磨きをそそくさと終わらせて、向かいの部屋に向かった。
廊下に出ると、保護者の話し声が聞こえる。
確か保護者用の「夏期キャンプのしおり」には見回りは午前一時までとか書いてあったな。
俺は色々考えながら扉をノックした。
「どーぞー。」
中野祐実の声がしたので俺は扉を開けた。
何だ?この部屋は…。
俺は天界にでも迷い込んだのか…?
え?何だこの香りは…
え?何だこの天女達は…
「一人だと寂しい高校生のお兄さんが来たよー。」
中野祐実は一番出入り口に近い二段ベッドの下段から顔を出して俺をからかった。
「アッハッハ!寂しいんだぁ!お姉さんのとこ来る?アハハハ!」
何と下田綾子は中野祐実の向かいにある二段ベッドの下段から顔を出して、自分のベッドをポンポンと叩いたのだ。
あ…う…。
や、やめて…そのなんだ…年下の女の子にこう…なんだ…このおちょくられる感というか…今風のエロ用語で言うところのこう…メスガキ感というか…。
その…め、目覚めちゃうじゃないのよ…。
俺のアブノーマルな性の覚醒などはどうでもいい。
本題はそこじゃない。
しょぼくれた四十代既婚男性のそんなもん知りたくもなかろう。
読者の中には下手すりゃ俺の息子世代もいるかもしれんからな。
さて、長々と語ってきたがここで一つ読者の皆さんに結末を暗示する質問をしたい。
俺がこのシリーズで言いたいことを皆さんにあえて問いたいのだ。
今までの登場人物を見てきて、キーとなるのは「愛ちゃん」、そして「下田綾子」の二人であることは明確である。
愛ちゃんはストーリー進行上もう少し後に登場するのだが、今は以前登場した時の愛ちゃんを思い出して読み返してみてほしい。
俺が皆さんに問いたいこと。
それは
「愛ちゃん、下田綾子の二名は筆者に男性として惚れているのか」
ということである。
そしてその答えを元にもう一つ、考えてみて欲しい。
「今までの様相を鑑みて、どちらが筆者と付き合うことになるのか、又は体の関係までこぎ着けるのか」
ということである。
大前提として必要な情報を皆さんに提供しよう。
「筆者は壊滅的にモテない」
のである。
そしてこの時
「筆者は男女交際経験無し」
である。
さぁ考えてみてくれ。
そして結末までどうか読んでみてほしい。
話を戻す。
「か、からかうんじゃねぇよ。」
俺の心臓はデス・メタルのような不規則でハイスピードなビートを叩き出す。
俺は何を思ったのか、下田綾子の上段のベッドへ上がった。
そして寝転ぶ。
「ねぇねぇ、彪流さんて何でこのボランティアやってるの?」
加瀬涼子が中野祐実の後ろの二段ベッド下段から顔をピョコリと覗かせて俺に声をかけてきた。
「いきなりだな。何でまた…?」
「皆んなで彪流さんに聞きたいことを相談してたの。せっかく部屋に遊びに来るっていうから質問攻めにしちゃおって。」
加瀬涼子はニヤリと笑った。
思い返してみると、つくづくこいつらって地頭のいいチート級コミュ力保持者だったんだな。
ホステスとかになってたらやばい売り上げ叩き出してたんじゃねぇか?
「そんな相談してたの?まぁ別に話してもいいけど…って前話さなかったっけ?俺が小学五年の時、子ども会の保護者代表のおじさんが声をかけてくれたんだよ。研修に行ってみないかって。研修行ったら皆んないい奴ばかりだったんだよ。人懐こくてさ、話しやすい奴ばかりだった。こんな奴らと子ども達をまとめていくのって楽しいんだろうなって。で、五年生の春休みに研修行って小六で入会したんだ。」
「聞いたことないよ。初めて聞いたー。彪流さん、そんなに早くからいるんだね。」
加瀬京子は涼子の向かいの二段ベッド下段から顔を覗かせて言った。
「そうだな。七年もやってんだもんな。だから今年度で区切りをつけると思ったら少し寂しいよね。」
「辞めちゃうの?」
俺の背中は下田綾子の濡れた声を感じた。
「どうだろ…。一応規約には市内在住の二十歳以下、又は大学生までってなってる。俺は進学しねぇからな。いても二十歳までだし、地元に就職できるとは限らないしね。」
「えぇ…?」
下田綾子の声に悲しみが滲む。
しかし、いい感じで空気を読まない加瀬京子が追撃する。
「でもさ、OBのお兄さんとかお姉さん達、時々来てくれることあるよね?クリスマス会とか夏期キャンプで忙しい時とか、年度初めとかさ。吉見さんてOGのお姉さんがクリスマス会応援で来てたけど、幼稚園のせんせーしてんだーって言ってたよ?」
「あぁ、吉見お姉さんね。時々来てくれるよね。助かっちゃう。あの人俺が入会した時会長だったんだよ。」
吉見お姉さん…これまた綺麗な人だったんだ…。
幼稚園教諭になったの聞いて俺マジで園児になりたかったモン☆
「吉見お姉さんみたいに応援で来るのはいいんでしょ?吉見お姉さんは良くて彪流さんが駄目ってことはないでしょ?規約違反てわけじゃないんでしょ?応援ならさ。」
鋭いな、加瀬京子…。
「まぁそうだろな…。」
加瀬京子に言いくるめられたような敗北感に包まれた俺はそっけない返事をした。
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