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しばらく大窪と名乗った男と会うことはなかった。しかし美鈴の心にはあれ以来、黒い塊のようなものが残っていた。生命保険のパンフレットは捨てずに目立たない所に置き、ことあるごとに開きもしこのお金があればと将来を見ていた。ただ思い描く度に頭を振る。
──いけない、いけない、こんなこと──
しかし、時間が経つ度にパンフレットを手に取って眺めていた。いつものように買い物に出掛けて何かを期待する。今日は声を掛けられるだろうか。それとも明日? そんな思いが日に日に強くなる。何もなく部屋に戻ると落胆する自分がいることに気づいた。
──私はあの計画を実行したいと思っている──
心が震える。これはチャンスなのかも知れない。美鈴の心は黒い何かに包み込まれていた。声が掛かれば……声が掛かればといつもの時間に買い物に出掛けあの路地を通る。
そしていつものように歩く路地。
「美鈴さん……」
黒い心に波が押し寄せる。
──来た……──
美鈴は立ち止まる。しかし返事はしない。
「そのまま振り向かないでスマホでも弄ってください。まるで一人で立ち止まってる様にしてください」
美鈴は声に出ささず黙って頷いた。
「計画について……考えは纏まりましたか?」
スマホを弄る素振りをしながらまた首を縦に振る。
「では話をしましょうか?」
大窪は表に出ないように話し掛け、美鈴は黒い心に飲み込まれた。
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