第二章 美鈴という女

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 ──そして今……──  何度か大窪から接触があり、今に至る。最後に接触が一週間前。しかし、言われたその日、つまり耕三最後の日にアパートから実家に帰ること。ただそれだけだった。それなりの理由を見つけ美鈴はアパートを離れた。そしてついにことが起きた。私は起きることが分かっていたが誰がそれを実行したか分からない。  そして聞かされたことは耕三の息子、勇次が起こしたとのことだった。動揺はしたが、しかしこれは美鈴からすれば事故と変わらない。念のため聴取は受けたが答えるべきことは「分からない」というしか答えることは出来なかった。殺害した動機はもちろん知らないと答えるのみだった。ただ知っているのは大窪という男からこの日のことが起きるということだけだったが、もちろんこの男と接していることも誰も知らないし連絡先も知らない。ただ聞かされたことだけを黙っていればいくら調べようにも調べることは出来ない。保険のことさえ掛け始めたのは二年前からだ。保険金詐欺など言われることもないだろう。  これからは自由だ。大した金額ではないが離婚からの慰謝料に比べれば雲泥の差だ。それに確実に支払われる。慰謝料も耕三の性格から考えれば支払いを渋り払わない可能性が高い。  ──私は何も知らない突然の悲劇の妻になったのだ──  美鈴は気持ちを高ぶらせた。なるべく耕三がどういう人間か分かっていることは警察に話したが耕三を殺害した勇次との接点はない。勇次から私の名前が出ることも先ずないだろう。  聴取が終わった後はアパートに戻ることは出来ず実家に戻った。しばらくは悲劇の妻を演じなければならないと実家のドアを開ける前に微笑んだ。
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