第一章 勇次と瞳

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 しばらく立ち止まったまま呆然としていると入れ替わるようにキャップを深く被った中年の男性が入ってきた。背は勇次よりも高くがっちりしている。顔にはマスクをしている。深く窪んで濁った目。まともな雰囲気ではない。そしていきなり勇次の前に立ちふさがった。  はっとする勇次。声掛けはしないとと思い、いらっしゃいませと言い掛けた瞬間、男は勇次に顔をぐいっと近づけ低い声で唸るような声を出し話し掛けてきた。 「おい、お前!」  突然の出来事に言葉を失う勇次。 「お前、何、瞳と仲良く話をしてんだよ?」 「えっ? いきなりなんですか? こちらは、ただ仕事の上の話をしてただけですが……」  勇次は咄嗟にどう答えたら良いか分からずにいた。 「仕事上? そのわりにはえらく親しげに話してたな」  ふんと鼻を鳴らし、濁った目で勇次を睨み付ける。 「いや、俺は名前も知らないし、ただこの前コピー機のやり方を教えたお礼で彼女から声を掛けて頂いて……」  身ぶり手振りで慌てながら店員と言うことも忘れる勇次。 「まぁいい。今後、お前が瞳に対して慣れ慣れしくしやがったら……」  耳元で勇次にしか聞こえないくらいの声でさらに囁いた。 「殺すぞ」  そして、男はそのまま踵を返し店を出ていった。  天国から地獄に叩き落とされた気分になる勇次。  ──彼女に近づいたら、話したら俺は殺されるのか?──  勇次はどうしたらいいか分からずに俯き震えた。
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