第一章 勇次と瞳

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 しかし、次の日も彼女はやって来た。あの男の言う通りであれば彼女の名前は(ひとみ)。ただ勇次は昨日のこともあり、瞳と目を合わすのは避けた。するといつも買い物を済ますとレジに並ぶ。勇次はいつものように商品をスキャンし値段を読み上げる。しかし、意識して噛んでしまった。 「羽山さん、どうしたんですか?」  にこりと微笑む瞳。しかし勇次はただ一言謝るだけでそれ以上は話そうとしなかった。目も合わそうとしない。  勇次の様子が少し変だと気づいた瞳は小声で話掛けた。 「もしかして、昨日誰かに何か言われました?」  しかし勇次は答えなかった。これ以上何かを話し、トラブルに巻き込まれるのごめんだと考えた。 「すみません」  ただ、一言だけ謝罪した。その様子から瞳は悲しそうな顔をした。 「そうだ。ゴミ袋を買い忘れたからちょっと取ってきます」  瞳は外から陰になり見ることの出来ない棚にあるゴミ袋を取りに行った。ゴミ袋は下段にある。瞳はしゃがみ込みゴミ袋を選んでいる。しばらく時間が掛かったが、ようやく戻って来た。 「これもお願いします」  勇次はゴミ袋をスキャンしようとゴミ袋を取り上げると一枚の紙切れが挟んであった。 「あの……」  勇次がその紙切れを指摘しようとした。 「後で見てください。それで良かったら……」  そう言い残すとそそくさと店を出た。  しばらくして勇次はその紙切れをバックヤードで広げてみた。そこには書かれていたもの。  ──上野瞳(うえのひとみ)と言います。後で都合のいい時間、昼間は自宅にいますから連絡ください──  電話番号とメッセンジャーアプリのIDと共にメモが書かれていた。
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