第一章 勇次と瞳

6/23
前へ
/38ページ
次へ
 どうしようかと勇次は考えた。これがもし何もなければ瞳から貰った紙切れは天にも昇る気持ちだろう。ただしあの男が現れてから話し掛けることさえ躊躇った。蛇に睨まれた蛙ではないが動きが取れなかった。つまり勇次は恐れているのだ。何か良からぬことに巻き込まれている気がする。仕事が終わり自宅の部屋でその紙切れとスマホを交互に睨みつけていた。  女性に対する久しぶりの高揚する感覚とあの男への恐怖。そして瞳への拭いきれない感覚。入り交じった感情が躊躇わせる。  数時間考えた後、それでも一番高まった感情が勇次を動かした。勇次の目線は紙切れとスマホを交互に見ていた。指先は紙切れに書かれた数字を押していた。すべての数字を入力し発信ボタンを押し耳にスマホを押し付けた。  呼び出し音が鳴っている。その音を聞きながら自身の鼓動を感じる。呼び出し音の回数を聞く度、不安が高まる。呼び出し音が途切れる。 「はい、もしもし」  その声はここ数日、聞き覚えのある声がスマホ越しに聞こえた。 「あの、上野さんのスマホですか?」 「もしかし、羽山さん?」 「そうですけど……」 「良かった……連絡くれて……連絡来れないかなと思ってたから」  スマホ越しからでも瞳の安堵の気持ちが伝わってくるような声だった。
/38ページ

最初のコメントを投稿しよう!

28人が本棚に入れています
本棚に追加