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◇
私は定時きっかりに業務を終えた。信号を待っている間、9月16日に起こった出来事を検索する。
大会の開催日のn年前に起こった出来事を、クイズとして出題されることがある。専門用語で、当日問題と言うらしい。
本大会は2回目の挑戦で、蒼登はトップ10に残りたいと努力と研鑽を積み重ねた。そして、激戦の予選を突破し、見事目標を達成したのだ。クイズ歴の浅い蒼登でも、諦めずに続けた努力が正しく報われた。
しかし、蒼登はあまり喜んでいなかった。上位の選手が棄権をしたため繰り上げで滑り込むという、不本意な結果となったからだ。
もし、今回本選に出場できなかったとしても、蒼登にはあと一回チャンスがある。
私は練習の合間、彼に訊いてみた。
「次こそ自力で行けるように頑張ればいいじゃない?」
「来年は受験に専念したい。行きたい大学があるんだ。だから、あと一回はないつもりでいる」
私は胸に、暖かい感情がじんわり広がっていくのを感じた。彼は「あと一回あるから」と慢心しては何も成し遂げなれずにいた、あの時の私とは違う。
「本当は、クイズをやっていたい。楽しいからさ。だけど中学の時、真面目に学校へ行っていれば、こんな苦労しなかったなって…」
やっぱり、彼はちゃんと自分自身と向き合えてる。
クイズと彼の仲間たちが、蒼登を変えたてくれたんだ。
大会前日の夜、蒼登は一緒に出場する友達の家に泊まることになった。本選は都内某所で収録が行われ、リアルタイムで動画配信もされる予定だ。
私は青になった横断歩道を歩き出す。浮き立つ足元を踏みしめながら、帰路へ着いた。
夫がソファでイビキをかき始めたため、私はダイニングチェアに座り、買ったばかりのノイズキャンセリングイヤフォンを装着した。
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