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高千穂(たかちほ)ぉ〜!」  甲高い声が響き渡り、グラウンドにいた生徒たちが何事かと振り返った。 「おい。善紀、彼女が呼んでるぞ」  先輩が高千穂と呼ばれた少年をニヤニヤしながら小突く。 「彼女じゃないっすよ」  と、無表情で先輩のからかいをやり過ごすと、少年は自分を呼んでいる少女の元へユニフォーム姿のまま、スタスタと歩いていった。  グラウンドの境にあるフェンス越しから高千穂 善紀(たかちほ よしのり)を呼んでいたのは、クラスメイトで幼馴染の檜垣 優海(ひがき ゆう)だった。 「ごめん、部活もう始まってた?」  彼女の屈託ない笑顔は子どもの頃から変わらない。 「いや、でももうすぐ始まる」  ハイ、と優海が差し出した物は、蜂蜜漬けレモン入麦茶が入った大きな水筒。  熱中症にならないように、脱水が起きないように幼馴染の善紀に差し入れるのは毎日の日課。  強豪野球部に入った善紀は、毎日遅くまで練習がある。  幼馴染が頑張っているのを応援したくて、優海は毎日善紀に差し入れをしていた。  二人の家は離島にある。  島には高校が無いことから、中学卒業と同時に知り合いのお爺の家に下宿した。  島の人口は少なく、二人は兄弟のように育った。  遊びもお昼寝も、勉強もかけっこもいつだって一緒だった。  高校生になっても二人の関係は変わらないと思っていたのは優海だけだったようだ。  入学当初はまだ普通だったものの、善紀は段々優海と話さなくなっていた。  学校で「善紀」と呼ぶのもやめて欲しいと断られた。  優海にはそれが何故なのか分からず、ただ悲しかったけれど、普通に接していけばいいと思って呼び方は苗字に変え、無駄な接触も避けた。が、差し入れだけは続けていた。  善紀と向き合えるのは、差し入れの時だけだったから。 「ん……」  短い返事で水筒を受け取る。    善紀は優しい。  優海の気持ちを無駄にしない。  その証拠に水筒を受け取ってくれたし。  同じ島出身者同士。  私達はこれからも助けって行く。  そう決意している優海に、善紀が言った。 「もう、差し入れも要らない。オレに構わなくていい」  優海は目の前が暗くなるのを感じた。
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