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「……どした?優海、元気ねぇな?」
晩ごはんの時、お爺が優海の顔を見ながら言う。
「お婆の鱸の味噌漬け焼きは旨ぇぞ」
元気づけるように優海に言う。
「善紀はまだ帰って来ないのか? 善紀が帰ってくる前に飯を済ませないと釜の米が空になるぞ、あいつはよく食うからな」
「身体を動かすからお腹が空くんですよ」
お爺とお婆が場を明るくさせようと、朗らかに話ているが、優海は善紀の話題には触れたく無かった。
優しいお爺とお婆を悲しませないように、笑顔で茶碗のご飯を口に運ぶ。
「お婆のご飯はいつでも美味しいね」
あっという間にご飯を食べ終えると、食器を片付けて、2階にある自分の部屋にこもる。
部活が終わっても1年生である善紀たちは、球場の整備や備品の手入れ、部室の掃除をしてから帰るので帰ってくるのは21時を回ることもあった。
高校までは下宿先から徒歩20分ほど。
善紀は自転車で通学している。
下宿先であるお爺の家は高台にあるので、優海の部屋の窓からは街並みが見下ろせる。
善紀が自転車のライトを点けて、猛スピードで帰ってくるのを見るのも、毎日の日課だった。
部屋の電気は落としてデスクスタンドライトだけを点けて窓の外を眺める。
自転車のライトがチラチラと近づいて来るのが見えた。
いつもの猛スピードではない。
不思議に思った優海は、目を凝らして見つめた。
善紀は自転車に乗っていない。
女の子と並んでお喋りをしながら歩いている。
胸がドキッとした。
誰だろう。
遠目だし、夜だから誰かは分からない。
二人は三差路の分かれ道で立ち止まった。
暫く話し込んでいる。
そして互いに手を振り、それぞれの家へ向かう。
優海は窓の下にしゃがみ込んで胸を押さえた。
今見た光景が自分に衝撃を与えたことに気づいてはいなかったが、身体と心が軋むように痛かった。
優海はベッドに潜り込み、頭からすっぽり布団を被って丸まった。
何度振り払おうと思っても、三差路前で女の子と話す善紀の姿が頭から離れず、なかなか寝付けなかった。
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