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3
翌朝、優海はベッドの中で善紀が朝練に出かけるのを感じた。
お爺の家は木造2階だて。
静かに過ごしていても生活音は響く。
いつもなら何も気にしないのに、昨日から善紀の生活音ばかり気にしている。
そして胸が痛くなる。
なんだろうな。
昨日までは平気だったのに。
胸の病に罹ったのだろうか。
重く痛む胸を抱えて、ベッドからようやっと起き上がる。
制服に着替えて階下に降りていくと、お婆が朝ご飯を用意していた。
「あれ? 優海、今日はいつもより早いね。今優海の分の鮭が焼けるよ。お味噌汁も出来てるからね。善紀にレモン麦茶沸かすかい? ガス、一つ開いてるからここ、どうぞ」
悪気なく、お婆がレモン麦茶の事を言う。
優海は無理矢理笑顔を作った。
「ありがとう、お婆。善紀はもう、レモン麦茶は要らないんだって。今日は課題が終わらないから少し早く出ようと思って。朝ご飯、学校で食べるから、おにぎりにしてもらって行くね」
本当は食欲なんて全くない。
でも、お婆を悲しませないためにそう言った。
お婆は大急ぎで、焼き立ての鮭でおにぎりを二つ作り、アルミホイルでくるんだ。
手早くスープジャーにあったかい味噌汁を入れる。
巾着におにぎりとスープジャーを入れると、はい、と優海に渡した。
「この時期だから大丈夫だと思うけど、朝の内に食べちゃいな」
はい、と返事をして優海は学校に向かう。
グラウンドにいる善紀をチラリと確認してから、校舎に向かう。
善紀は優海が練習を見に来るのを、きっと嫌がるだろうから、見つからないようにそそくさと校舎に入った。
屋上からグラウンドを眺める分には、見つからない。屋上からだって善紀がどこにいるかはすぐ分かる。
自然豊かな島育ちの子どもたちの視力は良い。
屋上に上がって、善紀の練習を見ながらお婆の朝ご飯を食べよう。
そう思いながら階段を上り、屋上に出る扉を開ける。
広がる青空、ここからなら善紀に見つからずに野球部の練習が見える。
そう思いながら屋上へ出た優海の顔に布切れが掠った。
「うわっ、ぷ」
大きな布が顔を撫でる。
「あ、ごめん!」
突然声がして、振り向くと学ラン姿で大きな旗を持った少年が、風にはためく旗布の合間から見えた。
少年は自分の体よりも大きな旗軸を、腰から外し、丁寧に置いた。
「この時間にここに人が来ると思わなくて。大丈夫?」
優海に駆け寄り、心配そうに尋ねる。
「う、うん」
驚きながら答えた優海に駆け寄り、顔を覗き込む。
「良かった」
そう言って少年はへたりこんだ。
はぁー、と大きく息を吐く。
優海は少年の隣にしゃがみ込んだ。
「ところで、この旗なぁに? ここで何してるの?」
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