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午前8時。
優海と朔は屋上にいた。
優海は髪をポニーテールに結い上げてから、鉢巻をキュッとしめる。
二人とも学ランに白手袋の正装。
朔は腰ベルトに大きな団旗をさして、姿勢を保っている。
優海はすぅー、と息を吸い込んで腹と胸に空気を溜めた。
「朔ママにぃー、捧ぐっ! いつでも笑顔のママに、青空高校応援団から、元気を届けるー!押忍っ!」
風に乗り、優海の声は響く。
「ふれぇー!ふれぇー! さ・く・ま・ま!」
手を振る優海ときれいに団旗を振る朔。
きっと朔ママの病室からは、屋上の二人が。
朔の旗が見えるに違いない。
朔が団旗を置いた。
優海にはまだ団旗を持ち上げられないからだ。
優海に背中を押され、朔もすぅーと息を吸い込んで、一息に声を上げる。
「初めてぇー、母にぃ、捧ぐっ! 感謝のエールー!! 諦めない気持ちを教えてくれたのはぁ、あなただったぁ! これからもぉー! 感謝を伝えたいからぁ! 絶対諦めんじゃねぇぞー! 弱気なんか吹っ飛ばせー!」
朔のエールにグラウンドから歓声が上がった。
いつの間にか予選試合直前の野球部が集合して、朔の応援に加わる。
グラウンドに横隊一列になり、大声で叫ぶ。
「青空高校野球部からー!朔母にぃ、エールを送るー! 我々野球部もぉー! 決勝を勝ち抜くー! 朔母もー勝ち抜けー!おぉ!」
割れんばかりの声が大空に響く。
野球部の中には、善紀の姿もあった。
昨日、優海はお風呂上がりに善紀の部屋の扉前から朔のことを話した。
扉越しに、ポツポツと。
恋人ではなく、同級生として仲間として応援したいこと。レギュラー入りした善紀を遠くから、応援したいこと。
善紀からの返事はなかったけれど、伝わっていたようだ。
野球部の声は、屋上にまでよく響いている。
きっと朔ママの病室にも届いている事だろう。
「なんだよ……なんだよ、野球部」
朔の目にうっすら涙が浮かぶ。
優海は朔の肩をトンと叩いた。
「野球部ー! 我が母へのエール、感謝するー!互いにー健闘しようー! フレェー、フレェー 母ちゃん、フレェー、フレェー!青空野球部ー! 押忍っ!」
グラウンドに歓声が沸く。
野球部が下から手を振っている。
朔は団旗を手にして、旗を空にはためかせた。
朔の手によって、大きな団旗が美しく広がり、空を舞う。
病室から離れた青空高校の屋上を見て、朔の母親は穏やかな笑みを浮かべた。
遠く、歓声を聞いて目頭を押さえる。
今日のことはきっと生涯忘れないだろう、そしてそれを、生きて、息子に伝えよう。
息子と息子の友人からのエールは、遠くかすかに、でも確実に病室まで届いていた。
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