プロローグ・死者の遺伝子

4/4
前へ
/13ページ
次へ
 紗代子は黒いカチューシャを外して縞模様の髪を垂らして指に絡め、文部科学省の面接官は一斉に顔を上げて紗代子を注視した。 「もちろん私も恋愛人種であり、湧き上がる感情を抑制するのに一苦労しています。しかも超絶的な恋愛人種に変貌すると、感情の高揚だけでなく身体的にも変化を及ぼす……」  吐息で揺れる白髪を咥えた紗代子が微笑むと、面接官は息を呑んで固まり、紗代子は目を細めて睨んでから瞼を閉じ、松本清流大学の人類学特別講義中に起こった惨劇を思い返す。 [フラッシュバック]  授業中の教室、後部ドアから大型ナイフを持つ女性が乱入し、黒髪ロングを靡かせて空席の机を駆け抜けて、前列の数人の受講生を飛び越えて壇上に立つ上門教授へ襲い掛かり、抱き抱えられた状態で教授の首をナイフで掻き切る。  びゅっと真っ赤な血飛沫が噴き上がり、前列窓側の席に着く紗代子が頭から浴び、頬に滴る血を手で拭って絶叫し、他の受講生は逃げ惑って転んだり、腰を抜かして泣き喚く。(紗代子は黒髪ショートヘアで眼鏡もせず、後に文部科学省の事務次官となる小林貴之は机の下に隠れている。)  上門教授は仰向け倒れて馬乗りの女性を見上げ、怒りから悲哀に変化する表情を見て微笑み、女性は大粒の涙を流しながら上門教授を抱き上げ、超絶的な死の接吻をした。  その瞬間、茫然と立ち尽くす紗代子はキスをした状態の大門教授と目が合い、『恋愛……遺伝子?』と呟き、無数の血の滴が浮遊する幻影を見て、恋愛人種の遺伝子を体に浴びたと感じたのである。
/13ページ

最初のコメントを投稿しよう!

20人が本棚に入れています
本棚に追加