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鏡
————よどみに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて。
「和花!今の人だよ今の人!」
「え、あっ、うん」
「隣のクラスの委員長!背が高くてさー。まじでカッコいいの!」
興奮気味に、バシバシと肩を叩かれる。
「……えーっと、誰だっけ?」
「嘘、覚えてないの?前話してたじゃーん」
「あ、ごめん」
申し訳ないけれど、そんな人、私の記憶には残っていない。
だって、私は。
生まれた時から15年経った今まで、一度たりとも恋をしたことがないのだから。
◇
三限目、言語文化の授業。
「えーっと。みんな、予習はしたかな?じゃあ、早速行くね」
端整で優しい顔立ちの先生が、なめらかな声の旋律を響かせ、教科書を読み上げていく。
朝の会話から胸に残るざらざらとした感触が拭えないまま、シャーペンを机に立てて話をきく。
————遠野美波、と言います。これから、あなたたちの言語文化の授業を担当します。よろしく、お願いします。
数週間前、教壇に立った先生が放ったその言葉。ハーフアップに束ねた髪の毛に、清潔感のある真白のスカート。簡潔な自己紹介の後の包み込むような微笑みに、小さく心が震えたのを覚えている。遠野先生は、美しかった。
「行く川の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。よどみに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて————」
あまりに有名な、方丈記の冒頭部分だ。
先生の説明と共に丁寧な字で書かれていく板書を追いかけ、ノートに書き取っていく。
「うたかたと言うのは、はかなく消える泡を意味します。人生だって、誰かに憧れる想いだって、全部うたかた、ですよね。いつかは消えてなくなってしまう、儚く脆いもの」
うたかた。その単語を漢字で書き表せば、先生の言葉、そのもののように感じられた。
先生によってひとつひとつ紡がれていく言葉が、心に染み渡るようにして届く。
つまらない時間ばかりが並ぶ一日の中で、先生に会えるこの時、言語文化の授業だけが楽しみになっていった。
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