第1話 銀ブラ中にご用心

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 震災から十年近く経った、昭和七年。  大東京にはどんどん新しいビルが建てられている。  先月、首相が暗殺される、なんていう物騒な事件もあったが、喉元過ぎれば何とやら、街中は活気があった。  次々と立て替えられるビルは、新しい街並みを作りつつあった。  そして多希子はそんな新しい景色が好きだ。  資生堂のウインドウの前から、そんなことをつらつら考えながら歩いていたら、不意にどん、と右肩に衝撃を感じたのだ。 「あ、失礼……」  反射的に彼女はそう口にしていた。  それで済むはずだった。  ところが。 「あん?」  ぐっ、と喉の所にいきなり圧力を感じた。  う、と思わず喉から声が出る。  襟をぐい、と掴まれているのに気づくのには、さすがに少し時間がかかる。  止めて、と眉を寄せたが遅かった。  そんなことをされたことは無い身としては、どうしていいのか判る訳もない。 「失礼、だってよ」 「へええ」  あははは、と大きな笑い声が彼女の耳に飛び込んでくる。 「ねえ、ちょっとお願いがあるんだけどさあ」 「な、何ですか」  それでも多希子は気力を振り絞って、少女達をにらみつける。  考えてみれば、人数は多いが、皆少女だ。  怖がる必要なんてない、と自分に言い聞かせる。  もっと柄の悪いおじさんや兄さん達も見たことがある。 「こーんな時間に銀ぶらしてたなんてさあ、学校には言わないであげるからさあ、ちょっとあたし達にお金貸してくれないかねえ」  思わず眉が大きく動いた。  冗談じゃない! 「あなた方に差し上げるお金なんて無いわ!」  自分でもびっくりする程の大きな声が出る。  少女達は皆一瞬、身をそっくりかえした。 「何だってえ!!」  負けず劣らずの大きな声が道に響いた。  だが通りを歩く人々には気付かれない。  多希子は歯を食いしばる。 「いい度胸じゃないかあ、お嬢さん」  一人が懐から何か出す。  剃刀だった。
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