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震災から十年近く経った、昭和七年。
大東京にはどんどん新しいビルが建てられている。
先月、首相が暗殺される、なんていう物騒な事件もあったが、喉元過ぎれば何とやら、街中は活気があった。
次々と立て替えられるビルは、新しい街並みを作りつつあった。
そして多希子はそんな新しい景色が好きだ。
資生堂のウインドウの前から、そんなことをつらつら考えながら歩いていたら、不意にどん、と右肩に衝撃を感じたのだ。
「あ、失礼……」
反射的に彼女はそう口にしていた。
それで済むはずだった。
ところが。
「あん?」
ぐっ、と喉の所にいきなり圧力を感じた。
う、と思わず喉から声が出る。
襟をぐい、と掴まれているのに気づくのには、さすがに少し時間がかかる。
止めて、と眉を寄せたが遅かった。
そんなことをされたことは無い身としては、どうしていいのか判る訳もない。
「失礼、だってよ」
「へええ」
あははは、と大きな笑い声が彼女の耳に飛び込んでくる。
「ねえ、ちょっとお願いがあるんだけどさあ」
「な、何ですか」
それでも多希子は気力を振り絞って、少女達をにらみつける。
考えてみれば、人数は多いが、皆少女だ。
怖がる必要なんてない、と自分に言い聞かせる。
もっと柄の悪いおじさんや兄さん達も見たことがある。
「こーんな時間に銀ぶらしてたなんてさあ、学校には言わないであげるからさあ、ちょっとあたし達にお金貸してくれないかねえ」
思わず眉が大きく動いた。
冗談じゃない!
「あなた方に差し上げるお金なんて無いわ!」
自分でもびっくりする程の大きな声が出る。
少女達は皆一瞬、身をそっくりかえした。
「何だってえ!!」
負けず劣らずの大きな声が道に響いた。
だが通りを歩く人々には気付かれない。
多希子は歯を食いしばる。
「いい度胸じゃないかあ、お嬢さん」
一人が懐から何か出す。
剃刀だった。
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