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「いっ、たい! じゃないの!」
ハナは頬を押さえる。学校の部活動でテニスを時々やっていた多希子は割合腕力があった。
「あなた、私のこと、そう思ってたの!?」
聞いてたのか。ハナはちっ、と舌打ちをする。
こんな場所に多希子が来るとは思ってもみなかったから、平気で喋っていた。
背後に男の姿があることから、この男が連れてきたのだ、と納得する。保護者同伴って訳ね。
「そりゃあ思ってたさ! いい鴨だってね。何不自由ないお嬢さんだからさ!」
「って。本当にじゃあ、今までだましてたって訳なの?」
「それじゃあ悪いかい?」
「悪い、わよ!」
もう一発、と彼女は手を振り上げる。だがハナも今度は黙っていなかった。飛んでくる平手をぱっと掴み、ねじ上げる。
「痛いじゃないの!」
「あたしだって今の痛かったんだからね!」
だけど多希子の力は思いの外強かった。ぶるん、と思い切り腕を振ると、拘束していた手が外れる。
「ずっと話してたことも、嘘だったって言うの!? あたしが勝手に話してただけなの?」
「それは嘘じゃない」
きっぱりとハナは言う。
「確かに最初はそう思ってたさ。いいとこのお嬢さんだったら、つきあってそのたびに金出させる方が得だってね。だけど」
「だけど何よ」
「あんたが変な奴だから悪いんだよ!」
「変な奴って何よ! あなただって変わってるじゃない!」
「あんた程じゃないよ! それにそうだよ。なのにうだうだうだうだしてさあ。あたしがあんただったら、親が何って言おうが、親だましてでも、今したいことするように持ってくよ! あんたはまだそこまでしてないじゃないか!」
「あなただって何よ! 男爵の援助、受けられようと思えば受けられるんじゃない! 何突っ張ってんのよ!」
「って」
席に案内しようとしていたウェイターは、その様子をはらはらしながら見ていた。何処で止めようかと迷っているかのようでもある。
「相変わらずだな、日比野」
「なあんだ宇田川か。お前こそ、ずいぶんと立派になったもんだ。ふうん、一ノ瀬の令嬢と、おつきあい、している訳ね?」
「別に立派になろうと思った訳じゃないさ。好きなことをしてたたけだ」
その会話を聞いているうちに、何となく女の子二人の手と口が止まった。
「俺もそうだよ。好きなことをしている」
「本当にそうか?」
日比野の表情が、ほんの少し硬くなった。
「お前はずいぶん父上の事業のことについては批判的だったがな、やり方が横暴だとか、貧しい人達が可哀想だとか」
「そんなこと言ったかね」
「言ったさ。だからそういう父親の事業には荷担したくない。それには僕も賛成した。だが今は何だ? 綺麗な服も、父親の金だろう」
「ふうん? 別に今は否定している訳じゃあないさ。ただ、気力が湧かなくなってたんだよ」
「日比野さん」
ハナが口をはさむ。
「それで、ずっと、そんな暮らし続ける気なのか?」
「さあて」
多希子はハナがそんな彼をやや不安げに見ているのに気付く。
確かに今は怒りたいことも山々だったが、それ以上に、今はここに自分達が居てはいけない、と思った。
行きましょう、と多希子は宇田川に言った。
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