第3話 一ノ瀬家の人々

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 一ノ瀬家の子供は四人だった。  一番上の真希子(まきこ)は既に嫁いでいる。  その下が四つ上の兄の希一朗(きいちろう)。  彼は現在、帝大の一年生で、将来会社を継ぐために建築を専攻している。  そしてその下が多希子で、末が由希子だった。  多希子をきちんとした所に縁付けないことには、夫人は、親としての自分の役目は果たせない、と信じているようだった。  そうしなくては、死んだ彼女達の母親に申し訳が立たない、と。  現在の一ノ瀬夫人は、上の三人とは血がつながっていない。  彼女達の本当の母親が亡くなったすぐ後に、彼女はこの家にやってきた。  だがその時既に、由希子を連れていた。  そして由希子は一ノ瀬氏の実の子――すなわち、正妻の死後、妾をその座に据えたのだ。  多希子はまだ本当に幼かったので、生みの母親のことはほとんど記憶にない。  そして今まで問題が起きたこともない。  ただ、お互いに少しばかりの遠慮をしあっているような所はある。  姉の真希子となると、多希子とちょうど十歳違うので、難しい時期に別の女性を母親と呼ぶことにずいぶんと抵抗があったらしいのだが――  その頃多希子は、自室で制服から私服へと着替えていた。  洋服箪笥から、もう少し簡単な洋服を一枚取り出す。  その服を見ていたら、ふと昼間のことを思い出した。  別にそう嘘をついている訳じゃないわ。  資生堂のショウウインドウを見ていたことだって本当だし……  言い訳のように、内心つぶやく。  ただ言わないことがあっただけよ。  彼女――― ハナのことは何となく口には出さない方がいい、と多希子は思う。  それは銀ブラをとがめられることとはまた別の、自分だけの秘密にしておきたいことだった。  多希さん、と声がする。  いい加減行かなくては、と多希子は返事をした。
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