余計な手間

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余計な手間

義母の幸代の趣味は、庭の奥にある家庭菜園で花と野菜を育てることだ。 数年前に家を新しく建替えたとき、どうしても家庭菜園だけは残して欲しいという幸代の声を、自称母親思い(マザコン)の(ハゲ)が聞き入れたのだ。 「貴美さん、コレいいのが採れたから今夜はコレですき焼きにして」 畑から義母が持ち帰ったそれは、たくさんの虫がついた白菜。 ポロリポロリと土も芋虫も落ちてくる。まだまだ新築のキッチンの床に、泥や青虫やてんとう虫が落ちているのは毎回義母のせいだ。 「ちょっ、お義母さん、外で綺麗にしてきてっていつも言ってるじゃないですか!」 「あら、泥は綺麗に洗ってあるわよ、ほら」 わからない。 コレのどこが綺麗だと? 清潔の基準がこんなにも違う人は珍しいと思う。 見えていないのか? 「もう、私やりますから、かしてください」 農薬を使わず育てる野菜は、美味しいだろう、それはわかる。 でも、葉を一枚取るごとに青虫や何かの幼虫が出てくるこの白菜は、洗うだけでもとても手間がかかるし、柔らかい葉の部分は虫食いの穴だらけで、食べる部分と仕分けるのも大変だ。 そして、義母はそれをしない。 コレはアレと似ていると思う。 『釣った魚を丸ごとくれる人』 釣るだけ釣って、さばかずに配られても困るというものだ。 イライラしながら白菜を洗う。 「あ、お義母さん、他の材料とかお肉って?」 すき焼きといえばお肉だろうに。 「買ってあるわよ、冷蔵庫にあるでしょ?」 それだけ言うと、シャワーを浴びるわと行ってしまった。 やっとのことで白菜を洗い、冷蔵庫を確認した。 あった、お肉。 ほんの……300g。 「こんなもん、ハゲ1人で食っちまうわっ!」 大きな独り言に、飼い猫のビルが何事かと振り向いた。 それ以外は見当たらず、ネギやシラタキや焼き豆腐、それと足りないお肉を買いにスーパーに行くことに。 白菜だけをドヤ顔で持ってこられても、余計な手間がかかる。 綺麗に洗って、買い物もして材料も揃えてくれたらいいのに。 車のエンジンをかけたら、窓から義母が手を振っているのが見えた。 パワーウィンドウを開ける。 「ついでに羊羹も買ってきてね、笹屋のやつよ」 「はーい」 無表情で答え、パワーウィンドウを閉めてから叫ぶ。 「自分で買いに行けーーーっ!!」
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