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…今の声、洋輝?
私は立ち上がって河川敷を歩く人混みの中に目を凝らした。
「加奈ぁ!!何処だぁ!!」
さっきよりも声が近付いていた。私は「ここだよ!」の叫びたかったが、この後の展開にまた幻滅するなら、今は佐伯くんとかき氷食べながら花火を観る方が良いかもしれないと思い、上げようとした右手をゆっくり下げた。
「おい、邪魔だろ!」
「す、すみません。」
人混みの中で洋輝は誰かに謝っていた。
…洋輝。
次の瞬間、人混みから洋輝が斜面沿いに出てきた。私から数十メートルと距離で、洋輝はまだ私には気が付いていないようだった。
「…洋輝?」
よく見ると洋輝の顔や浴衣は土で汚れているように見えた。
「加奈ぁ!!」
洋輝は川に向かって大声で叫んだ。通行人からはジロジロと冷たい視線で見られていた。洋輝は疲れたのか、その場で座り込み川を見つめ始めた。
「…はぁ。加奈…。」
「何よ!」
私は座り込む洋輝にハンカチを差し出した。
「…え、か、加奈!!」
洋輝は立ち上がりいきなり私に抱きついてきた。
「ちょ、ちょっと。どうしたのよ。」
周りの人たちの視線を痛いほど感じた私は、恥ずかしくなって洋輝を引き離した。
「どうしたのって、加奈が急に居なくなっちゃうから捜してたんだろ。」
「…その汚れは?」
「これは…さっき人混みで転んで。」
…私のせいだよね。
「サッカー部の仲間と観たかったんじゃないの?無理に私に付き合ってくれたんでしょ?」
私は少し冷たく問い掛けた。
「…観たい。」
ボソリと呟いた洋輝。
「ごめん、聞こえなかった。」
「…お、俺は加奈と花火が観たいんだよ!」
洋輝の言葉に私は笑顔が隠せなかった。
「私と観たかったの?」
「あぁ、そ、そうだよ。」
洋輝は顔を赤くしながら目を逸らした。
「私もだよ、洋輝。」
私は洋輝の目を見ながらニコッと微笑んで抱きついた。
「加奈、周りが見てるって。」
「何よ、さっきは自分から抱きついてきたくせに。いいじゃん、皆が見てても。…洋輝、ごめんなさい。勝手に居なくなって。」
「お、俺も悪かったよな。…ちゃんと伝えられなくて。…あのさ、その浴衣、凄い似合ってるよ。」
相変わらず私の目を見ながらは言ってはくれなかったけど、私は大満足だった。
「あ、そうだ。」
洋輝はポケットから小さな虫除けスプレーを取り出して、私に吹き掛けた。
「な、何よ急に。」
「これで、変な虫が寄ってこないだろ。ほら行くぞ!」
洋輝は先に歩き出した。
「ちょっと、ねぇ今の変な虫って、俺以外の男が近付かないようにって意味?」
「馬鹿、皆まで言わすなよ!」
…あ、そうだ、佐伯くん。
私は足を止めて後ろを振り返った。すると、かき氷を2つ持った佐伯くんが私を見つめていた。私と目が合うと佐伯くんは微笑みながら首を横に振った。
申し訳ないなと思っていると、佐伯くんの背後から女性がやって来て頭をバシッと叩いているのが見えた。佐伯くんは嬉しそうな表情をして、かき氷を1つ女性に渡した。
「…向こうも寄りが戻ったのかな。」
「おい、加奈。何してんだ?早く行くぞ。」
「あ、うん、ごめん。」
私は洋輝に駆け寄り腕に抱きついた。
「花火楽しみだね。」
その時、一発目の花火が夜空に打ち上がった。花火の鮮やかな光が私たちを包みこんだ。
「あれ、始まっちゃった!」
「洋輝、ここで観よ。」
私は洋輝の腕に抱きつきながら花火を眺めた。
「…加奈、あのさ…。」
私は言葉の詰まらせた洋輝の顔を見た。花火の光に照らされた洋輝は一際格好良く見えた。
「どうしたの?」
「その、俺は来年も加奈とこうして花火を観に来たいと思ってる。再来年もその先も…。その…もし良ければだけど…俺と付き合って…」
私は我慢できずに言葉の途中で洋輝の唇を奪い取った。
ー fin ー
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