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同じ頃、埼玉県戸田市・戸田橋一帯の荒川堤防には、無数の人だかりが出来ていた。
荒川を境にして、隣接するのは東京都板橋区であり、埼玉県と東京都を結ぶ橋は通行止めになっていた。
その上空に浮かぶ白いオーロラは、区域を隔てる壁の如く揺らめき、未知の生物のようでもある。
戸田市の降雪量は僅か1cmにも満たない為に、一般道は平常通りに流れているが、対岸の板橋区荒川土手には、こんもりと雪が降り積もっていた。
摩訶不思議な光景を映像に収めようと、野次馬たちや動画配信者らは、スマートフォンを片手に状況を伝えている。
平川孝もそのひとりで、その声は興奮のあまり震えていた。
発売時に、専門ショップに並んでまで購入した最新機種の画面には、若い女性の姿が映し出されていて 、
「東京都北区 ~ 埼玉県戸田市 Live」
といった文字が、画面下部で点滅し続けている。
女性の背後の花柄模様のカーテンは、非現実的な世界では不釣り合いに映るのだろう、コメント欄は中傷で溢れているが、女性は気にも留めない様子で踊っていた。
平川は、ヘッドセットのマイクの位置をずらしながら、女性と会話をはじめた。
「りこちゃんさ、カーテン開けてみてよ。それから窓も」
「えー。マジやばいって、だってあたしんち一軒家だけど窓まで雪積もってるから」
「外に出れないじゃん」
「そおなの。シャレにならないって、どーしよー」
「電気は点いてんだね」
「それがさ、エアコンつけらんないのよ」
「なんで!?」
「室外機完全に埋まっちゃってるから。だからストーブ」
笑い声が聞こえた時、タブレットの画像が乱れてノイズが一瞬入り込んだ。
そして、ほんの数秒間、画面が白くフリーズした。
しばらくして元の映像に切り替わると、りこの姿は消えていて、花柄のカーテンだけが映し出されていた。
時刻は 0時00分を指していた。
平川は、笑いながら呼びかけ続けた。
「ちょっとりこちゃん。おーい、りこちゃん。おーい」
東京23区を中心とした同様の事象は、世界中で発生していた。
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