夏のお出かけ

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「六花も行くの? 今日は雨だけど…夏だよ?」 「私だって、たまには夏にお出かけしたいのよ」  雨男・寒九郎と、雪女・六花は、雨の中ならんで傘をさして歩いていた。今日は、久しぶりに街まで行く。  今日の雨は天が降らせているので、寒九郎にはどうすることもできない。だが、すれ違う村の人は、寒九郎に非難の目を向ける。六花は睨み返すが、寒九郎はどこ吹く風だ。  村の、いつもの光景。 ※※※ 「暑くない?」 「大丈夫よ」  電車の中は少し混んでいて、六花には暑かったが、つとめて平気な顔をした。帽子の中や服のあちこちに隠し持った保冷剤を凍らせて、冷気を循環させる。 「具合悪くなったら言ってね」  寒九郎は、傘に少し体重をかけた。  六花は、自分より背が高くなった養子を、改めて眺めた。  青のストライプが入った半袖のクレリックシャツに、クリーム色のベストを着、折り目をきちんと入れた紺のスラックスをはいている。胸には、小豆色の地に雪の結晶の模様が入った蜻蛉玉のループタイ。靴は、村で履くような長靴ではなく、トレッキングシューズ。傘も、いつものビニール傘ではなく、日傘にもなる白地のちょっといい傘。いつも通りなのは、リュックと本人だけだ。 『街に行く時だけ、おめかしするようになったのは…いつからかしら』  本を買いに。  服を買いに。  趣味の蜻蛉玉作りの道具を買いに。  ひとりで街に行く時、寒九郎は彼なりにオシャレするようになった。スーパーのバイト代をやりくりして、少しづつ服を新調している。 『村で私といる時は、そんな格好しないのに』  決して、スネてるわけではない。養子が不審な行動をとったら、心配するのが保護者のつとめなのだ。  六花は、流れる自分の汗を凍らせながら、心の中で言い訳した。 ※※※  駅を出ると、雨がやんでいた。早くも、夏の太陽が顔を出す。 「ぼくは手芸店行ってくるから、六花はカフェで涼んでなよ」 「大丈夫、一緒に行けるわ」  雨上がりの街を、二人で傘をさして歩く。  六花は、熱い太陽光を避けるため。  寒九郎は、雨を降らせないため。 『外で傘をさしてないと雨が降るから、仕方ないんだけど…』  せめて女性であれば。六花はいつも思う。男は日傘をさしたりしないから……。  傘をさしたサラリーマン風の男性とすれ違った。 「⁈」 「ビックリした?」  寒九郎が珍しく、いたずらっ子のような顔を見せた。  雑踏を見まわした。村の何倍も人がいる。  やはり女性が多いが、時々、日傘をさす男性の姿があった。 「……え?」 「今は、日傘さす男の人もいるんだって。都会はすごいよね、ここにいると」  傘の下で、寒九郎の表情が煌めいた。 「ぼくも、普通の人間みたいでしょ」  見ると、六花が真っ赤になっていたので、寒九郎は慌てて六花を喫茶店に連れていき、かき氷を三つ頼んだ。 ※※※  六花が3つめのかき氷にスプーンを入れたとき、寒九郎が喫茶店に戻ってきた。 「買い物終わったの?」 「うん」  寒九郎はアイスティーを頼み、出された水を一気飲みした。  窓からの日差しが、ここぞとばかりに雨男を明るく照らす。彼は、じつに、都会になじんで見えた。 「寒九郎」 「うん」 『街で暮らしたい?』  ……聞けなかった。  もし「うん」と言われたら? 六花は、土地に根づいた雪女だ。村から離れて暮らすことが出来ない。  だが、寒九郎は『人の子』だ。どこにでも行けるし、何にでもなれる。村に縛りつける理由もない。 『人間は…こういうのを「巣立ち」と呼んでいた』  人の子と過ごせる年月は、なんと短いのだろう。 「かき氷……うっかり、冷やすのを忘れてしまったわ。だいぶ溶けてしまった」 「もう一度凍らせたら?」 「今更そんなことしても、ただの氷になるだけなのよ」  雨に濡れた街並みは、もう乾き始めていた。 (了)
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