夏夜

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夏夜

 あの日のことは一週間が過ぎても鮮明に覚えている。夏樹がビッチングにより、オメガとなったのは夏の薫りが濃い夜だった。  高校生時代の友人の結婚式に参列するため、久しぶりに故郷に戻ってきた夏樹は結婚会場にて、旧友との再会を喜びあった。真面目くんと呼ばれた男は耳どころか鼻や口にピアスを開けて、更に二児の父親になっていた。離れていてもSNSで繋がっていたため、彼の近況は知っていたが実際に対面するとその変わりように驚く。  だが、話してみれば、中身はまったく変わっておらず、夏樹は安堵した。 「夏樹、お前は変わらないなぁ」  元真面目くんだった木下(きのした)(かける)は夏樹の肩に腕を回しながら朗らかに笑う。  確かに夏樹の容姿は高校時代とほぼ変わらない。外科医として勤務する病院が堅実さと清潔さを売りにしているため、髪色やアクセサリーを含む身だしなみにうるさいからだ。 「木下は変わったな。一瞬、誰だか分かんなかったわ」 「だろ? 親にも驚かれたわ。こんなにピアスあけてどうするの?! って。俺、二十六歳なのにさぁ」 「そりゃあ、驚くだろ。てか、お前一回も帰省してないの? 入籍した頃から開け始めたよな?」 「だって、帰りたくなかったんだもん。でき婚したこと、今もちくちく嫌味言われるし」  ふてくされた言い方に夏樹は吹き出した。 「その見た目で〝だもん〟はない」  高校時代ならともかく、ヤンキーっぽい見た目でその口調はちぐはぐだ。 「嫁さんは一緒に来てないの?」 「子供小さいし、俺の親も嫁もお互いに仲悪いから連れてきてない」 「ああ、木下の親ってめっちゃ厳しいもんな」 「そそ、カナちゃん、って俺のお嫁さんなんだけど、ちょい見た目が派手でさぁ。俺がこうなったのも全部カナちゃんのせいだって思っているみたい」  うんざりだと肩を持ち上げる木下を、夏樹は眩しいものを見るかのように目を細める。 「でも、幸せそうだな」 「幸せさ。夏樹はどうなんだ?」  俺? と夏樹は小首を傾げる。 「アルファの医者ってだけで選び放題じゃん」  確かにアルファというだけで人は寄ってくる。そこに医師というステータスが付属するだけで頼んでもいないのに合コンやらお見合いを設定された。 (まあ、忙しくてそれどころじゃなかったけど)  医師とは命を預かる仕事だ。急患が来れば休みでも出勤し、容態が悪化すれば寝ていてもスマホに連絡がくる。恋人を作っても、夏樹が仕事を優先したため、根をあげる者が多かった。 (俺もそろそろ結婚を考えないとなぁ)  夏樹は少しばかり焦りを覚えていた。次々と旧友達は結婚し、家庭を築いていく中で自分だけが取り残されていく。そこまで結婚願望はないが、少し物寂しさを覚える。 「いろんな人から声はかけてもらえるけど、選び放題ではないかな」  その時、夏樹は妙な視線を感じ取った。じっとりした視線が全身に絡みつく。その正体を探るべく、周囲を見渡した夏樹は離れたテーブルに座る青年の存在に気が付いた。
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