夏夜

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 歳のころは二十代半ばだろうか。均整のとれた肉体を持つ、美しい男だ。艶めく黒髪を掻き上げていることで俳優と見紛う美貌を惜しみなく晒していた。 (誰だ?)  失礼と思いつつ、夏樹は男を観察した。周囲の女性陣から熱っぽい視線を集めてもつまらなそうに瞼を閉じて、深く椅子に腰掛けている姿は映画のワンシーンを観ている気分になる。名前は知らないが容姿といい、醸し出す雰囲気といい恐らく第二の性別はアルファだろう。 「誰か知り合いでもいんの?」 「いや、あそこにいる人、かっこいいなと思ってさ」  夏樹の声が聞こえたのか、男はゆっくりと瞼を持ち上げ、緑と茶色が混じり合う不思議な色合いの瞳を向けてきた。  日本人にしては色素の薄い瞳には見覚えがあり、夏樹は息を飲み込んだ。気のせいだと思いたいが、よく見れば面影がある。 「あれって阿久津くん?」 「……ん、そうだな」 「シュンシュンが呼ぶかな? そんなに仲が良いイメージないんだけど」  シュンシュンこと塚内(つかうち)俊哉(しゅんや)は今日の結婚式には親友しか呼んでいないと言っていた。阿久津悠人とは高校の同級生であっても所属するグループが違うし、進学先も違うはず。どうしてここにいるのか分からず、夏樹と木下はそろって首を傾げた。 「阿久津くんと夏樹って幼馴染だっけ?」 「そ、幼稚園から小中高同じ」  動揺を悟られないように細心の注意を払いつつ、夏樹はへらりと笑う。 「ずいぶん長いな。そこまで仲良くしているところ見たことないから意外だわ。あ、テストの順番追い抜かされた時、夏樹がキレてるのは見てたけど」 「……普通かな。悪くもないし、良くもない」  実際はあまり良くはない。といっても夏樹が一方的に毛嫌いしているだけだが。 「というか、よく覚えてるな。そんな昔の話」 「お前ら学年でたった二人のアルファだから、目立ってたんだよ」 「そうだったな」  夏樹達が通った高校は県内有数の進学校だが、アルファの生徒は少なかった。夏樹の学年はたった二人しかおらず、学力テストや体力テストの首位争いはいつも夏樹と悠人の間で繰り広げられていた。  両親に「優秀であれ」と育てられてきた夏樹にとって悠人の存在は邪魔でしかない。体力テストでは夏樹の方が優勢だが、学力テストは悠人に分配が上がる。テストの順位が書かれた紙を両親に見せる度に、夏樹は例えがたい屈辱を味わった。 「なんで嫌いなの? 阿久津くんの話になると昔っから口数少なくなるよな」 「……さあな」  言うなれば、夏樹の逆恨みだ。こんなことを口に出すことは夏樹のプライドが許さないため、話を変えることにした。 「ほら、姿勢を正せ。もう始まるみたいだぞ」  会場のスタッフがマイクの前に立つのが見えたので夏樹は木下の背中を叩いた。木下は会話を途切れたことに気付いておらず、にやりと口角を持ち上げると夏樹に「この後、飲みに行こうぜ」と耳打ちする。 「了解。楽しみにいているよ」  そして、結婚式が始まった。新郎新婦の入場に祝辞、ケーキ入刀と全てがスムーズに行われるが夏樹は集中できないでいた。集中しようにも先ほど感じた視線がずっと纏わりついている。  視線の主を探そうにも、親友の晴れ舞台を台無しにするわけにはいかない。夏樹は笑顔を作って、視線から意識を逸らすことだけに意識を集中させるのだった。
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