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ある日の午後、玄関先にて
りんごとポカリ、のど飴とゼリー。
全部、紙袋の中に入ってあるかもう一度確認して、悠李の家のドアノブに引っ掛けた。
インターホンは押さず、扉にくるりと背を向けてマンションのエントランスホールへ向かう。
名残惜しい気持ちは、紙袋の中に一緒に入れておいた。
上品なダークブラウンの壁が続く共用廊下はしんと静まり返っている。
学生の一人暮らしにしては立派なマンションだ。
わたしも一人暮らしだけど、こんな所には逆立ちしたって住めそうにない。
今でさえ、毎月ギリギリの生活だ。
悠李の両親は、いくつか事業を展開する大きな会社を経営していると誰かが言っていた。
見たことはないけど、きっと実家の住まいもここと同じように立派なんだろう。
煌々と光るスポットライトの光が、床一面に敷き詰められた大理石に反射して少し眩しかった。
まだ昼間なのに、今日は陽も出ていないし風が強い。
今は内廊下にいるから暖かいけど、マンションを出たらまた凍えてしまいそうだ。
ポケットの中の小さなカイロを握りしめ、使い古したマフラーに顔を埋める。
ペラペラのスニーカーを履いて来たせいで、足先はキンキンに冷たい。
やっぱり悠李は、こんなに冴えないわたしと付き合っていていいんだろうか―――そう考え始めたところでぶんぶんと首を振った。
今日は弱気なことを考えるためにここへ来たんじゃない。
風邪をひいた悠李のために差し入れを持って来たんだから。
ドタキャンなんかしたことがなかった悠李から、早朝に発熱して今日は会えないとラインが来た。
めずらしく体調を崩して、よっぽどしんどいんじゃないかと心配になる。
悠李とのライン画面を開き、玄関のドアノブに差し入れを引っ掛けておいたことと、慌てて取りに行かなくても大丈夫なものが入っていることをメッセージ欄に打っていく。
優しさの押し売りのような内容になっていないか、やたらと長い文章になっていないか、何度も読み直して送信ボタンを押した。
悠李は寝ていて、しばらくメッセージには気付かないはずだ。
そう思い込んでいたわたしは、すぐに〈既読〉の文字がついたのを認めて目を見開いた。
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